つくり手が特定の世代に属する危険性についての話

創作

好きなものを大事にするのはいいんですけど、たとえば自分が十代の頃、柔軟でいろいろと吸収できる時期に見聞きした経験したあれこれ、流行ったものとかね、学校とかネットとかで、あると思うんですけど、そういうものから影響を受けるのは全然問題ないんですけど世代の価値観とか若かった頃のね、思考回路に依拠してずっと引きずっちゃうのってつくり手としてはわりと致命的かもしれんっていう


いや利点もあって、同世代には馴染むんですよ
同世代が親になって子につたわるとかもよく聞く話でそういった流れもあるんですけどなんもかかわりも無いつながりもない人たち相手に10年前20年前の感覚でものを言ったりつくったりしてるのってなんかもうどうしようもない気がして、会話しててもちょっとしんどくなるっつーか


あーでも会話で人に合わせ慣れちゃってると、なんってのかな、余所行きの感覚でものを言う癖ってついてて、余所行きのキャラよそ行きの自分みたいな、偏った思考でね、ものを言う感覚ってあんのよ、しゃべりながらあー偏ってんなってつまんねえなって、これはあくまでも手で触れられる現実世界での生活の話ね、でも書くにあたってはそういうのは無いかもね俺に関してはえ、どうだろちがう俺のことはいいんだよ


えっとねえ10代の感性って20代に入った瞬間古いんですよ
30代になっても10代のころの自分をベースにものを考えたり言ったり聞いたりって珍しいことじゃなくって、いや消費するだけならいいんですあの頃はよかったとか俺の時はこうだったとかなんだって言やあいいそんなのは勝手にしろ
でもつくる側がそれをやるとマジできつくなると思います、ほかならぬ本人が
気づかないで行き詰まる場合もあるから余計にね、そう思う


なので10代20代一桁代くらいのつくり手はいまなにが流行っていようと世代精神とか?なんかそういうもんも含めてさ、なにが耳当たりがよかろうとそこにずっといつづけるんじゃなくて、どの世代にも属さないノマド的遍在性とでもいうか、そうしたものを身につけておいてほしいなと考えなくもないっす
うんまあ実のところ知ったこっちゃないんだがでもさだってつまんねえだろそんな平和さはいらねえよ物書きに、思わんかい?


大切なのは何が好きかってことで人間の基礎とか土台はそうしたものの集合綜合として一生をかけて結構されてゆくものでだから変な話なんにも信じないでほしい思想にせよ哲学にせよ世論にせよ外界の手垢のついたものとかその世代ならではの理念とかに自分の在りかたを決めさせないでほしいくだらないからそういうのって好きすら歪めんのよえぐいかんな気をつけてくれどうでもいいけどさねこねこ


そうそうわたしの書くものも傾向ってあってたぶんなんらかのかたちで括れるはずなんですよ扱う感情とかそのへんで、ある種の人たちからすれば、でもそんなもんどうとでもなるんですよね
ぼくはぼくの10代の頃の感性で書くこともちがった誰かの30代の感性で書くこともどこにも居場所が見つからないようなふわふわした感性で書くこともできます
ずらすこともきっちりあわせることも望みさえすればできます
もちろん学習(という名の遊びか)は必要ですけどそんなことする気もないですけど退屈だからなわたしはわたしにしかできないことがわかっているので天才なのでことばつかいしなのでわたしにしか書けないものを書きますねおもしろいからってことで、まあそんな感じ俺のことはいいんだよ


とにかくなんだ創作界隈で普遍的なものを書くようにって言説があったりすんのは世代間を貫通だか横断だかして楽しんでもらうためやね
そゆとこ狙ってくのもやり方としてはありです
なんの話だ

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