『芽鱗』(猩々飛蝗『暗転門』を読んで)

 わたしはわたしの名を知りたい。


 わたしのわたしに纏わりついて水みたいなことばをいつまでだって捜してさびしい昨日がいやだった。
 だからほころぶみたいな透明さ、空白、がらんどうの白なんてものを、わからないもののわかれないままであてはまるひびきがないことを、ない意味を、ないのなら、つくればいい? だなんてばかげた問いを零して今日を落下するのだった──過程──なぞって────。


 ふさいでいたって消えないよ。
 嘘にはけっしてならないよ。
 ましろの街でも最果てなんてものの想像されてしまえばこんなに苦しいことなんてなかったんじゃないの、ばかね。
 そう言ってすべてに背をむけて、あなたは。


 すべて、わたし。
 わたしというイメージ。
 わたしという幻影。
 わたしに背をむけ漉かれた世界はあなたの部分を潰爛し、再生し、重複し、固着する。
 そういうことに、なっている。
 そういうことに、なっちゃった?
 知らないあなたは知れないまんまでわたしを夢見て泣いてばかりいる?
 なんにも知らないあなたのくせに?
 なんにも知らないわたしのせいで。


 ねえ、見えない色でもわかるなら、目を逸らしたってどうしたってわかるあなたでいつづけられるというのなら、わかりもしないでかすめるみたいな曖昧な連鎖、くりかえしなんて断ちきって覚醒すればいい。目覚めてまもないひかりのなかで、朝とか夜とかそんなことどっちだっていいみたいにほほえんでまだうるさい、ちいさなひかりのただなかで、わたしのいちばんふれたい場所で、まんなかで、いちどだって触れなかったあなたをはじめてしまえばそれでいい。祈りのひとつも通らないで願いのかけらも叶わないで真実なんてもののどこまでも退屈な瓦落多でしかないへし折れないままつづいて狂った世界にだってふみだして泣いたって頽れないでそれでいい。無限がどうとか永遠だとか、きれいなばかりで気にいりゃしない、大好きだったもののすこしだって残らないでなんだってまだ熱い、この指、心臓、終わってくれないわたしのこえが、望まれなくともつめさきに、あなたのかすかな引力に、つないでとまれば嫌でもなんでもどうしたってきっとそれでいい。


 あなたはあなたの名を知りたい?
 あなたはわたしの名を知りたい?
 這う手はある。
 脚だって。
 わたしはあなたの名を知りたい。



芽鱗がりん 植物の冬芽を包んでいる鱗片状の葉。鱗片葉。
冬芽とうが 夏から秋にかけて作られ、越冬する芽。ふゆめ。

嘘 - 曖昧書房 - BOOTH
嘘は人を欺く。 嘘は自分を守る。 嘘は誰の為に? 誰かの為の『嘘』に関する四つの作品群。 152P 文庫サイズ

コメント

  1. ひげねこ より:

    今ちょっとダメになっていたので、読めて生きかえれました。ほんとうに、ありがとうございます。

  2. ねこらしくみまもっておるねこ

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