あたしは荒野のおおかみだ。
群れることもなく、番うこともなく、傅くことも、統べることもなく無辺を彷徨っては、嬋娟にそら吠えし、曦軒に沙を噛み、霄壌に露華を啜り、汀瀅に花托を舐め、冥冥臥遊、ひとり微睡んでいる。
あたしは荒野のおおかみだ。
君の年老いた友人、置きざりの子ども、あるいは──かぎろいのような、たそがれのような、靄のような、幻肢のような、忘れられた故郷のような、行き去った賓のような──小さな箱に収められたあらゆる神聖なものの(それはたとえば情愛だとか祈りだとか高潔だとかいったものの)斑気な残り滓だ。
あたしは荒野のおおかみだ。
淡くとけゆく彼岸の境界を、かつてあったはずの愛の透徹を、乱反射する翳を、漣を、虚舟の輪郭を、いまもはるかに見つめている。
あたしは、荒野のおおかみだ。
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