わからない、だから悪いってのは。あと委員長、音楽、妄言、最果タヒ:20201213

雑記

わかることが是とされる環境に成育した者の言い分だろうか
家庭、学校教育、なんかいろいろそのへんの
明快でわかりのよい文章もわるい文章もものするにたやすいことには変わりが無くて、学べばよいし、崩せばよい
ただそれだけで成立しうる、してしまう何かは実際ある
だがあとさきに、言葉のさきにあったもの、あとにあらわれるものとをそれとわかって点綴させるは至難のように思われる
思われるだけでそうでもない気もする、どうなんでしょうか、どうでもいいな



わからない、だから書くし、書いても書いてもわかれないものもある
わかりきって書いてわからないこともあるし、わからなくて書いてわかることもまたある
わかって書いてわかって終わる、それがいちばんよい関係、理想的な関係、語とのね、関係だとは俺はまったく思っていなくて、そういうんじゃないところでふらふらしていたいのだろう、だってやさしすぎるもん、なにより狭い・・、窒息する
そうしたどうともつかない状態が許せない、認められない、たえられないとなると許容できるものの極度に限られてくるわけじゃない
あれがだめ、これがだめ、それはそれでそのひとのありかたですけれども、でも俺のじゃない、退屈だね

というわけで(?)わらった

Leo Islo『Deja』を聴いている

採用する設定如何でこの一秒はくだらなくもそうでなくもなる

虚構言葉に脳をイかれると人生バグりやすくって、じゃあどうすりゃいいのかっていうと花を見るしかない
空を、星を、ねこを、とりを、いぬをみるしかない結局のところ
そこにあって他にないものを感じとるしかない
そこにあって他にない私を感じとるしかない
事象と語を安易に結びつけてしまうと現実が本来の姿を隠してしまうのね、うそになっちゃって、ありもしないものを重ねてしまう、慎重さがいりますよことばつかいしなのでわかりますかんたんなはなしねこ
解釈とか解釈の為の尺度とかぼくは躊躇いなく捨てられるので、言葉と同じで拾い物だから
もともと俺のじゃない、便利に使っているだけで、退屈を感じた時点でそんなものは放りだすし日日にいらない時間はかならずある
考えるとか思うとか悩むとかぜんぶがきちんとどうでもよくて、そうしたどうでもよさをしっかりわかっていないと思いつめちゃってわりとあぶねこ
ぼくはそれとわかってそのうえで書くとか伝えるってことをやっていて、感情とか深度みたいなものの伝わらなくてもやっていて、それはどうしてもそうしたいから、なんにも言わないのが平和だったりするんだけれども波風だってたたなくてさ、でも好きなら好きで好きって言いたいじゃない、だから言うよね

俺はニュースを見ないし読まないんだけど

どうしてかっていうと、俺が通じたい世界はこれなのか?って問いを持ちつづけているからで、ちがうと思ったらそれはちがうんだよ

最果タヒ『夜景座生まれ』を読んでいる

海は美しいです、

夕焼けも美しいです、

あなたも美しいです、

空も美しいです、

腹が立ったら殴ります、

戦争も起きています、

海は美しい、

愛は美しい、

どうして産んだのなんて言える年齢でもなくなったからな。

そう言っているんだよ。


空は美しいです。
宇宙に行きたい。

最果タヒ著『夜景座生まれ』p.25

すぐ読むために電書
紙のほうがいいやつだなこれ

書きたいときに、書きたいままに書く

そうした自由さもいつまであるともわからぬもので、だから衝動と呼ぶべきもののうちにあるならば、きざすのならば、書きつける、刻む、それでよいと思う
そういう場所を、わたしたちは持っているね

雑談というほかない中身のなさである

しかし問題ない
わたしがたのしいから

わたしになにができるだろうか

ということを考えずにはいられない
これまでのすべて、これからのすべてを使って報いることができたなら
あらゆる瞬間に、いまこの瞬間にも、あなたに

コンテンツ制作の過程をコンテンツ化するという流れは以前からあるのだけれども

文章でやるのはむずかしいだろうな
しゃべらないと間がもたないし、しゃべりながら書けるようなものでもないし(ひとによる、おそらく
音声無しで文字のみのライブ配信サービスはすでにありますね

TxT Live (テキストライブ)
TxT Live (テキストライブ)は、記事や小説を執筆している過程をライブ配信・記録・公開できる物書きさん向けのサービスです。

YouTubeでやっている人もいる
需要がまったく無い、というわけでもないのかもしれない
イラストや漫画はそのへん強い気がする

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