直感に従うか否か。独学大全。ツバメノート:20201229

雑記

先日買った『モノも石も死者も…』はかるく読んだ感じはずれなんだけどもうすこしだけ時間をかける
直感って大事でたとえば表題とか目次とか紹介文とか装丁とか情報のほんの断片であってもなんとなくつかめるところがあって、違和を感じるかどうか、感じてそれでも買った場合高確率ではずすし感じなければほぼ確実に良書
今回は感じたうえで買って、おそらく完全にはずしている
こんなふうに直感を無視して手にとるってことはたまにやるんだよ
本は読まなきゃわからないからね



なにがあたりでなにがはずれかって人それぞれなので誰にでもあてはまる基準なんて提示できないんだけど、ぼくのは非常にかんたんで、読んでいてつまらなければはずれ、おもしろければあたり、それだけ
本文はともかく引用文はたのしめるので引用元にあたるのがよさそう

読み終えた本をかんたんに共有できればいいんだけど

図書館みたいに
たとえば知人同士なんかでめいめいの蔵書をゆききさせられる感じのサービスとかなー

読書猿『独学大全』をたびたび開いている

これはおもしろいので良書

 この音読を軸とする素読や暗唱法は、古典の文やフレーズを学習者の身体に刻み込み、反射的・自動的に用いることができるようにするものである。こうして反射的・自動的に出力されるまでに植えつけられた大量のフレーズ・ストックが思考と言語運用のリソースとなるのであり、分野を問わず知的営為に加わる者の間でコミュニケーションの基盤となった。
 教養とはゆるい乱読の成れの果てではなく、元々このような身体的トレーニングを基礎としたものなのである。

読書猿 著『独学大全』p.505


音読はぼくもやりますが、反射的・自動的に用いることができるようにするというよりは身体に音を馴染ませる、意味や形状以上に音からことばを手繰りよせる能力を鍛える、そうした結果につながっている気がします
ただ訓練だとか学習だとかいった目的でそうしているわけではなく、そうしないと退屈だからそうしているだけだったりするのですが
学んだとおりにするのが正しいそうでなければ駄目といった偏向のしかたをぼくはしていないので、もっとしっかり記憶に定着させにいってもよいかもしれません
あらたな道がひらけるでしょうね、きっと

 抜き書きを年の単位で続けていくと、書き溜めていくほどに、自分のやっていることは、単にどこかで使いたい言葉を収集しているだけではないことに気付くだろう。
 もともと、抜き書きは、言葉を取り扱う者すべてにとって、伝統的な基礎トレーニングであると同時に、重要な自己陶冶(self-cultivation)の方法だった。大げさに言えば、彼らの精神は、書き抜いた言葉によって、そして何を抜き書きするのか、それによってどんな人間になろうとするのかを決める選択によって、形作られたのである。
 抜き書きノートは我々の認知能力を拡大する外部足場となり得る。抜き書きノートを読み返し、さらに思いついたことを書き加えることを繰り返す時、あなたは自分の脳一つで考えているのではない。あなたが抜き出した元のテキストを書いた先人たちと共に考えているのだ。

読書猿 著『独学大全』p.518

再読することから逃げる者は、タイトルだけ違う同じような本を繰り返し読む羽目に陥るだろう。言うまでもないが、そういう本は大抵ろくな本じゃない。むしろ再読に値しない本は、最初から読まない方が時間も人生も有効に使える。

読書猿 著『独学大全』p.460


抜き書きと音読再読がぼくの基礎をつくったのは確実なので、だよなあって思った
好きな作品好きな言葉、そうしたものに親しみつづけるうち作者の呼吸が宿ることになるんですよ
ぼくはぼくの呼吸を知っているわけですが、ぼくでない誰かの呼吸も知っていて、ぼくの呼吸は彼ら彼女らの呼吸を知るたび変容してゆく
拡がり、深まり、凌駕してゆく
抜き書きってめんどうだと感じる人がいるかもしれないんですけど全然そんなことなくて、だってあれをめんどうだと感じるときって選ぶテキストがまずいときですから、最高にすばらしい作品の一節とか全体とか、音読しながら写すのがたのしくてしかたないもんです
ぼくがぼくじゃなかったらぼくが書いたものほぼ書き写してるんじゃないですかね
単純に、集中したり気持ちを落ち着かせたりするのにもいいかもしれません
めちゃくちゃ好きな文に延延没頭する
時間の使い方としては相当にぜいたくですよ

 問いは既に知っているところから、その「外」へと踏み出すところに生まれる。
 何も知らなければ、問うための足場がない。しかし既に知っているところに留まるならば、問いは得られない。
 人は自身の知と無知(未知)の境界で問う。

読書猿 著『独学大全』p.226

今度注文する予定のツバメノートのノート

B5横罫で200枚、けっこうな厚み
A4サイズもあるんだけどどちらにするかな
とにかくたくさん書くって人でも長く使えてよいと思います

おもしろいなこの人

VLOG|とある本好き大学生の5日間~江戸川乱歩作品にハマった日常編~

鵲橋と鵲鏡、あと析空、呉音

じゃっ-きょう【鵲鏡】〖名〗

陰暦七月七日の夜、牽牛星と織女星が年に一度会う時、かささぎが翼を並べて天の河にかけるといわれる伝説上の橋。かささぎの橋。烏鵲うじゃくの橋。

『日本国語大辞典 6』p.1142

じゃっ-きょう【鵲鏡】〖名〗

金属製の鏡。「新異教」に鏡がかささぎに化したとある伝説に基づいて、古鏡の背面には多く鵲の形を鋳てあるところからいう。

『日本国語大辞典 6』p.1142

しゃっ-くう【析空】〖名〗
(「しゃく」は「析」の呉音)仏語。さまざまな存在(法)を分析して、結局空なのだと知ること。また、分析の結果あらわれた空。

『日本国語大辞典 6』p.1143

ごおん【呉音】
日本における漢字音の一。漢音の渡来以前に朝鮮半島経由で伝来した、中国南方系の字音に基づくといわれる音。「男女」を「なんにょ」と読む類。漢音を正音と呼ぶのに対して、なまった「南の音」の意で平安中期以降呼ばれるようになったもので、仏教関係や官職名などに広く用いられた。

『スーパー大辞林3.0』

『文藝』最新号よさそうね

沙路はさろと読む

川岸の砂の道とか浜辺の道といった意味を持つ言葉なんだけど馴染みは無い

芟作の法も厳なるべし

さんさくのほうもげんなるべし、と読む
どの草を刈り、どの木を切るか、厳選したであろうの意で、撰集に入れる歌や句を選ぶのに厳選したであろうというたとえ、と日本国語大辞典 6 p.302にある
芟作が草を刈り、木を切ることという意味なんですね
知らん言葉、無限にあるわ

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