重要なのはアイディアではなく作品。ヘルマン・ヘッセ:20210110

ゲーム

だから
かたちにすること
望むなら
届けること
とどけるために学ぶこと
試みること
誰よりも
たとえばわたしの根幹はどこまでもシンプルで複雑なところがない
好きか
嫌いか
気持ちがいいか
気持ちがよくないか
どうでもいいか
どうでもよくないか
とか
はじめにあるのはそんなんで
最後まで
そうしたものを軸に据えていると良くも悪くもぶれようがない
どうやったってわたしでしょう
わたし以外のなにものにもなりませんよ
なれやしない
もし
きみにアイディアがあるのなら
つくること
手がとまるまで
動くかぎりに
それでなくては悔いを残すことになる
俺にも君にもかぎりがあって
誰にもきっと
永遠はない
老いた先
衰えた先
いまとはちがった世界のなかで
昔のようにはできないなかで
ぼくたちはそれでもいつかの自分のようにやろうと試みるだろうか
まだ間にあうと
間にあわない
いまのこの時間はここにしかない
いまのこの俺はこの瞬間にしかない
尽くすこと
すべてをだしきること
望むなら
遠くへゆくこと

実際俺は商品をつくる気がまったくなかったんだなって

俺がつくるのは作品で、つくったさきのことをきちんと考えてこなかったんだけど、なぜなら俺自身どうしたいということがわからなかったからで、だから手さぐりで投稿サイトにほうりこんでいた
タグをつけてみたり、ジャンルを設定してもみた、広告もつけてみたしつけることを否定しなかった、値段を設定したこともある、ツイートだってした、書くたびに、なんだかわからないままに
で、やってみてわかったのは俺という人間はどうやらそちら側・・・・の住人ではない・・・・・・・、ということで、だから辞めた
拠点としてのSpherulesをつくったのもそのためです
なんだろうね、競争に参加するみたいなことになっていたのももやもやの原因だったのだろうな
なんのために書いてるのっていう、それすらわかってなかった自分とか、はっきりとさせられていなかった自分にうんざりしたのもあって
だって書きたいからじゃないですか、書くのは
黙っていられないから書くんじゃないですか
だれのためでもなく(俺はね? ほかのひとはしらない
書くしかないほどなんにもないなんてそうそうあることじゃない
なにかしらあるんですよ大抵は、やらなかっただけで、飽きちゃっただけで、つまらなかっただけで、諦めただけで
でもそれでも書くことだけはやめないでいる
退屈できない自分がいる
だったらそうすればいいじゃないですかって話なんですよね
なんとなくのまま作品を商品みたいに扱っちゃってなにやってんだろうなんてばかみたいなんですよ
読まれることや評価されることや売れることが目的だったら最初から商品をつくったほうがいい
でなければ、そうでないのなら作品をつくったほうがいい
どちらにしても最高のものを
最高のものができたなら、最高のかたちでとどけるか、最高のかたちで野ざらしにするか、最高のかたちで保存すればいいんじゃないですか
どんなかたちかは知らんけど
作品を作品としてつくり、けれども商品として販売するってことはもちろんできるし、それとこれとはまったく別の話で両立可能です
作品を制作するにあたって充分な時間、資金が必要になるというのなら、売上以外の調達手段を見つけるべきで、でなければ作品が商品化しかねない
生活のため、継続のため、書くものの性質自体が変わってしまいかねないからです
やりたいことが仕事になってそんで嫌いになるとか昔からある話ですけど、他人のやりかたに安易にのっかるとそうした落とし穴にはまりかねないですし、だから結局しっかり考えあれこれ手を尽くすことになる
作品を作品のままに、それでも誰かに届けるために
と、そのへんなんにも考えていないわたしは思いました
いまはね
でもさきのことはわからんよ

広告外してみた

すっきりしたねこじゃろがい

おもしろそうな本だけどお高い

アナログゲーってデザインの秀逸なものもあってコレクションしたくなるよね
遊ぶこと自体のたのしさだけじゃなく所有するたのしさもあって、デジタルってそのへんあっさりしてるから

バラエティ豊かな世界のゲーム、歴史やルールなど解説 自分で作って遊んでみよう!|じんぶん堂
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すこしだけ、読みかえす

 彼は急ぐともなく歩きつづけた。何ひとつ忘れていなかった。小さい芝生に囲まれた教会のボダイ樹も、昔彼が好んで泳ぎに行った上手かみての水車場のせき、、も忘れていなかった。以前彼の父が住んでいた小さい家の前に立ちどまり、しばししみじみとした気持ちで古い玄関の戸に背中をよせかけた。庭にも行ってみた。そっけなく新しく張りめぐらされた針金のかきね越しに、新しく作られた植込みをのぞきこんだ。──しかし、雨の水に洗われて、かどのとれた石の階段と、戸のそばにある丸い肉太な、マルメロの木とは、まだ昔のままだった。クヌルプはラテン語学校を追い出される前、ここでいちばん楽しい日をすごした。ここでかつて彼は、満ちあふれる幸福を、願望の完全な実現を、苦みの伴わない楽しさを味わったのだった。サクランボを心ゆくまで盗んで食べた夏、いとしいニオイアラセイトウや、こってりとしてビロードのような三色スミレなど、自分の花をはぐくみでた、だが今は消え去った、たまゆらの庭作りの幸福、カイウサギの小屋、仕事場、たこ作り、ニワトコのしんの筒で作った水道、っぱの水かきを糸巻きにつけた水車の輪など。──どの屋根にどのネコがいるか知らないことはなかった。どの庭でもその果実を食べてみなかったのはなかった。どの木でも、登ってみなかったのはなかった。そのこずえに緑色の夢の巣を彼が営まなかった木はなかった。この一片の世界は彼のものであり、このうえなく深い親密さでなじみ愛したものであった。ここでは低木の一つ一つ、庭の生けがきの一つ一つが、彼にとって重大さを意味を歴史を持っていた。降る雨、降る雪のすべてが彼に話しかけた。ここでは、大気も土も彼の夢と願いの中に生き、それに答え、その命をともに呼吸した。今日でも、この周辺に住んでいる人や庭を持っている人たちのだれだって、彼以上にこれらすべてのものと深いつながりを持ち、彼以上にそれを珍重し、それらから話しかけられ、答えられ、思い出を呼び起こされることはおそらくあるまい、と彼は考えた。

高橋健二訳 ヘルマン・ヘッセ著『クヌルプ』新潮文庫 p.108-109

 私は口がきけなかった。彼も口がきけなかった。あるいはきくことを欲しなかったのだ。彼はただ私を見つめた。壁ぎわの頭上にかかっているつりランプの光が彼の顔を照らしていた。彼は私にほほえみかけた。
 はてしなく長いあいだ、彼は私の目をたえ間なく見ていた。徐々に彼は顔を私の方に近づけたので、私たちはほとんど触れあうほどになった。
「シンクレール」と、彼はささやき声で言った。
 私は彼の言うことがわかるという合図を目で知らせた。
 彼はふたたび微笑した、ほとんど同情をもってのように。
「ちびさん!」と、彼は微笑しながら言った。
 彼の口は私の口のすぐそばにあった。小声で彼は話し続けた。
「まだフランツ・クローマーをおぼえているかい?」と、彼はたずねた。
 私は彼に向かってまばたきをした。私も微笑することができた。
「シンクレール、よく聞きたまえ! ぼくは去らなければならないだろう。きみはおそらくいつかまたぼくを必要とすることがあるだろう、クローマーに対して、あるいはほかのものに対して。そのとき、きみがぼくを呼んでも、ぼくはもうそうむぞうさに馬や汽車でかけつけはしない。そのときはきみは自分の心の中を聞かなければならない。そしたらぼくがきみの中にいることに気づくよ。わかるかい?──それからもう少し言うことがある。エヴァ夫人が言った、きみがいつか逆境にいることがあったら、彼女がぼくにはなむけにしてくれたキスをきみにしてあげておくれって……目を閉じたまえ、シンクレール!」
 私はすなおに目を閉じた。たえず血が少しずつこやみなく出て来るくちびるに軽いキスを感じた。それから私は眠りこんだ。

高橋健二訳 ヘルマン・ヘッセ著『デミアン』新潮文庫 p.215-216

過去にも書いたように思われるが、学生の時分にヘッセを読まなかったらどうなったろうと考えることがある
よりよいもの、もっとましなもの、にはなっていなかったはずだ(生存していたかもあやうい
自分自身になること、わたしがわたしへ向かうこと
わたしをかたちづくりうる源泉というもののあるとするならば、それはわたし自身のうちにしか生じえない
すべての起点となった作品

めっちゃ笑った。良いゲーム

【ボドゲ】たった今考えたプロポーズの言葉をあの人に捧げた結果…。

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