『八月の光』を注文した. Spaces. ねこ.

雑記

そのうちとどくねこ
いまは『読書の日記』を主に読んでいる
野球の話題は流し読みで済ませているが

 雨は降らないだろう、たとえ降ったとしても。と自転車を漕ぎながら僕は考えていて、山手通りをまっすぐ行って、246ではなく淡島通りを行きたかったので右に折れてまっすぐ、左手に学校やらマンションやらがあるところを、もうすっかり暗くなった道を、濡れている道を、進みながら考えていた、雨は降らないだろう、たとえ降ったとしても。そうやって三軒茶屋のコーヒー屋さんの焙煎所に寄って今日焙煎された豆を受け取って、ほんのわずかな時間、スタッフの方に質問、それに対する回答、を経て出ると、雨がさーさーと降り出して、降り出していて、雨は降らないだろう、たとえ降ったとしても、と思いながら目を細めながら滑らないように気を配りながら、雨は降らないだろう、たとえ降ったとしても、と思いながらどんどんと濡れていった。

阿久津隆著『読書の日記』p.54-55

TwitterにSpacesとかいうClubhouse風の音声チャット機能が実装されたとかなんとか

部屋をつくってそこで話す感じのあれ
ただ現時点では限られた人間しか部屋の作成権限を持っていないみたいで、他は聞くことしかできないとのだとか
こまかいことは知らない
でもまあ気軽に声のやりとりできるようになるならいいんじゃないのと思う
Twitter上で完結できるわけだし

4s4ki『おまえのドリームランド』

4s4ki – おまえのドリームランド(Official Music Video)

メモ #1

ウマ娘、ゴルシ(ゴールドシップ)のドロップキックが良い

『作家と猫』はいずれ読みたいと思っている

だってそうでしょう
わたしが好きなのは現実のねこではなく概念としてのねこなのだが作家たちのなかにも現実のねことのつながりを通して生じた概念がありその発露としての表現があり、あるので、それは良いものなので…

猫好き必読! 漱石、谷崎、百閒……猫づくしアンソロジー『作家と猫』|じんぶん堂
今も昔も、作家にとって猫は愛すべきパートナー。その愛らしい姿態や気まぐれな一挙一動は、作家たちの創作意欲をおおいに刺激する存在です。『作家と猫』(平凡社)は、夏目漱石や谷崎潤一郎、佐野洋子、石井桃子、中島らもなど、総勢49名による猫...

「平凡社」という気持ちになっている

それなりのお値段だが揃える価値はありそうじゃない?
ほしいねこ

Twitterにスーパーフォロー機能が実装されるそうなんだがこのネーミングどうにかならんかったのか

いや名前はいいんだどうでも
YouTubeのメンバーシップみたいなもんで、課金フォロワー限定のコンテンツ配信が可能になったりコミュニティを用意できたりするらしい
俺は創作界隈にはもっとお金が流れていいと思っているので、企業じゃなく個人にね、なので上手く回ってほしいと思っているいろいろありそうだけど

目的のない読書がいちばん好きかもしれない

実は読むことそのもののたのしさを感じられるようになったのはつい最近
以前はなにかが欲しくて頁を繰っていた気がする
知識とか転機とか諸諸

人生において満ちたりるということのそうそうあるものでなく、日のひとつ、跨ぐうちにもいくつもの飢えと渇きをおぼえて数多のいまがこの身のうちにはあって、長く、ながく、じりじりと灼けつく心象のそればかりやかましい世界を彷徨していたはずなのだけれども、はたしていつしか遷移して、異なるわたしを見ている、見ていた、ということなのかもしれない、まだなんともわからないのだけれども、どうなの
なんにせよなんでもなく読んで時間の浪費と捉えなくなったことのぼくにはよいことである、きっとね

文法ってのは再現性を高めるために整備された後づけの理屈であってことばの本質ではない

という印象、知らんけど
小説でも詩でもありきたりな表現の氾濫して退屈なのって眠たいばかりで最悪だと思ってて個人的に、ただだからこそSNSなんかはひょっとしたら救いになっているのかもしれなくて、崩すじゃない壊すし、真似る真似られることで一般化されてしまうところがあるとはいえことばに対して自由な人間がまだ無い無かったありかたを提示して伝播する状況自体は好ましいかなって
語の意味も使われかただってかんたんに変わってしまうし拘って身動きとれなくなるくらいだったら正誤ごと呑みこんで至高の領域を目指してほしいですねどのようにでも書ける領域を、わたしもそうしますねこなので、ことばつかいしなので、言語芸術ってそのさきにしか無いんじゃない、そこを超えてようやく始まる気がするどこまでも知らんけどな
とか書いといてなんだけどなんでもよくって人様がやるぶんにはそんなん勝手だし、俺が読まないってだけで、どうでもいいですね

メモ #2

万年筆、よい

スケザネさんを観ている

忘れること、忘れられること、記憶については思うところがあって、『竟の尽に』もそうだったのだけれども、忘れる、忘れられることが誰かにとっての救いになりうる、とか、もちろん逆もありえますがとにかくそんな感じであったために動画内で取りあげておられた本に興味を持ち、チャンネル登録したわけです

記憶こそが悲劇を引きおこす!?アンゴラの歴史や、忘れることの秘密も話します!【スケザネ図書館】【アグアルーザ】【忘却についての一般論】【アンゴラ】【白水社】


これはもう一生つづくことなのですが、やはりまだまだ知らないことがたくさんあるなと、読まない本も、読めない本も、数えきれないほどに存在する世界で、しかしかぎられた時間をうまく使ってすこしでも多く触れてゆくしかない、よしあしだってそんなもんはその時時の自分で変わってゆくもので、結局満たされるとか得心のゆくとかいったところでその時そのとき判断してゆくしかない、それだってかならず持続するわけでもない、どこまでも曖昧でぼんやりとした確かさのうえになんとか立っているわたしなので、どのようなかたちであれひょっとしたらたのしいかもしれない行路を知る契機というものはあればあるほど助かる、、、わけです
わたしにとってはスケザネさんのチャンネルもそう
あらたな選択肢を提供してくださいます
実に良い

漢詩オススメ本!これで漢詩が読める!【漢詩への招待】【知識ゼロからの漢詩ブックガイド】【スケザネ図書館】
大人気古書店「ポラン書房」に潜入!【スケザネの書肆探訪】【古書店】【スケザネ図書館】

『晶文社スクラップブック』、よいのでは

たまたま目にとまった記事を読んで、あー、となったので、あー、となる、ということは興味を持ったということで、興味を持ったということはまた訪れるということなので、あー

ぼくは特段死にかたにこだわりを持っていない、ゆるやかにでもすみやかにでも死ぬのはいっしょでどうにも変わりようがない、人は死ぬ、だからどうした、と思ってぼくをやっている、死んだあとにも世界に対してなにかしらの働きかけが可能であるならばそれはそうするでしょうがおそらくそうなることはないでしょうからきっと、たぶん、だからはじめから考えないしいまだってなんとなく呼吸している、意思とか意志とか熱情とか情動とかいった諸諸の奥に至極単純で平坦でなんともつかないただ、いま、ここにある、という感覚があって、それはとても、際限なく軽くふわふわしている、なんともつかず、なんでもないし、なんにだってなりそうもない、だから重宝しておりまして、どんな思想よりもあらゆる哲学よりも役にたつのはつまらないことばしか思いつかないのでそのまま書きますが実感なんだよなあ、幸福とかどうでもよくて基準を満たせばそうなるみたいなものではなくて、そういうんじゃないんだけれどもでもどこかでなにかが充溢してどこかでどうにかそのことを感じとっている、ぼくのなかのなんらかの器官が、えらい、だから、いいなと思う

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