読書のすすめ、制作への期待. 『構造素子』と『不安の書』. リロ氏と肉.

自分の思考に飽きてくるんだよね、結局は、読まないで考えもしないでいると、思ってばかり反応してばかりいると、反応ってたやすくて、周りがこうだからこう思ったこうしますこう生きますこういう自分を選んでいます世界がこうだから俺はこうなんであって俺のせいじゃないおまえらが悪いどこまでも俺は知らん、知らん、知りたくもないどうでもいいくだらないばかどもが、ばかやろうが、みたいなこともかんたんによぎらせてしまえる、そのくせなんでもないみたいにへらへらしやがって、みたいなことにもかんたんになってしまえる、でもそれって退屈で、退屈というものにわたしはもう飽きあきしてしまった、なのでいらなくて、じゃあどうしようという話になって読む、結果読む、思考することを選んだんだけどたくさん読んでたくさん考えているといやぜんぜんたくさんは読んでいないし考えてもいないのだけれども読んで考えるということをひたすらにつづけているとあきらかに自分自身の性質が変わってくる感じがあって、気のせいだろうか、でもなんかあるんですよ違って見えるようになってくる、種種、それがたのしくってねえ、あのね、自分の趣味とか嗜好にとどまって突きつめるのももちろんすばらしい、でもどんな領域であってもその外ってものが確実にあるわけで、やっぱり、で、たいへんにひろい、ひろすぎて一生かかったって捉えきることはできないものである、そこをゆくのってちょっと考えられないくらいたのしいんですよ、そうしたたのしさって実際にそうしてみないとわからなくって、興味ないですとかいろいろ思うところはあるだろうけれどもそんなにあっさり自分自身を規定していや私ってこういう人間でなにが好きで他はどうでもいいんですよとかふーんとかへえとかそれだけ抱えて完璧にやっていけたとしても、生きていけたとしても狭いじゃない、俺は狭かった、振りかえってよくわかったんだけど、ほんとうに狭いところにいた、新しい価値とか刺激的でぞくぞくくるような感じがあるんだけどさ、あたらしい価値ってすでにある何かと結びついて生まれることがほとんどで(ほとんどという表現が適当であるかどうかわからない)、単純に自分が知らない世界にあったものが自分の知っているものとつながって目の前に現れただけの話だったりするんだよね、それもいい、言うまでもなくそれもたのしい、が、自分から掴みにゆくのはもっとたのしいなって、俺には、そう、あくまでも俺にはなので人にすすめることでもないんだけどひょっとしたら君にもあなたにもたのしいかもしれないなって、そんでさ、新しい価値からさらにあたらしい価値を生みだすってこともあるいはできるかもしれない、知っているもの同士をつなぎあわせることでまだないなにかを生みだせるかもしれない、知って考えてってそれ自体たのしいんだけれどもそれ以上にたのしいことがあるとしたらつくるってことで、これもぼくにとってはそうだねって話なんですけれどもそういえば押井守氏も言ってたな世界つくる以上におもしろいことなんてあるわけないじゃんみたいなこと、そういうことなので、だからなにかつくればいいよねって思う、ただ心身の健康とか生活水準とか自分のなかのラインをクリアしたうえで取りくめば、という条件はあるのかもしれない、保つ、維持する、あるいは持っていく、、、、、、といった志向は意識せずとも俺のうちにもあるような気がする、そう、きっとそのための知らんけど、、、、、なんだけど、わたしが関わりたいこととかもの、気にかけたいものとかひと、はとても限られていて、それ以外は問題にしていないそもそも、たまたま見かけた誰かにとっての現実とかどうしようもないじゃない、どうにかできたらって思った時期もあったけど、でもどうしようもあったってぜんぶをどうにかしてやらあなんてそんなん無理ですよ、そんな時間ない、余力も、だから絞りこむしそのなかの最良をかたちにしたいんですよね、読んで、考えて、つくって、また読むなかで、そのための力をつける、磨く、研ぎすますのかな

樋口恭介著『構造素子』を注文した

このひとの書くものはきっとおもしろいだろうとぼくは思っていて、だからなんですが、ただそのおもしろさを理解するだけの知識があるかというとぼくに、ありますかと問われたならば、無い、と即答できる程度にはないはずなので、そこはどうにかしてゆきたい

『WIRED』を定期購読することにした

Fujisan

ぼくはすでに他の雑誌を頼んでいるので特に割引もなかったんですが(Fujisanははじめて買う人に500円割引を提供しているのだ)、いつからだろうな、毎号買うようになっていたのでもういちいち発注しなくても自宅に届くようにしてしまおうかと、送料かからんし、おきんどるでもええんですけどね、なんとなくぼんやりとつまらんねこになってしまうので、紙にします

WIRED.jp
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フェルナンド・ペソア著『不安の書【増補版】』を注文した

これによって来月分の書籍代をもすべて使い果たしたこととなり、そういうこととなったということはあとひと月と半分手持ちの書籍をひたすらに読み、書き、眠くなってねむるのみの生活を送ることとなったということであり、集中できていいと思う(持っていない本の情報を遮断すれば

終生、リスボンの貿易会社の仕事にたずさわりながら、もっとも先鋭的な作品をのこしたフェルナンド・ペソアは、生前ごく少数の理解者を得たにとどまり、1935年、ほとんど無名のまま47歳の生涯を終えた。没後、膨大な遺稿が徐々に刊行されるに及んで、その現代性が高く評価され、ペソアは20世紀前半の代表的な詩人のひとりと目されるようになった。1982年に刊行された『不安の書』は、ヨーロッパの各国語に翻訳され、今なお多くの読者を魅了してやまない。存在の不安、自己のアイデンティティの危うさ、生の倦怠、夢と現実の対立と交錯が、リスボン在住の帳簿係補佐の手記という形式を借りて語られた。現代世界文学の傑作とされる。本書は、1986年刊行の全集版を底本に、1999年にサンパウロで刊行されたゼニス版をも参照した完訳である。

紀伊國屋書店公式サイトより引用


ペソアは名前だけ知っていて、気になってはいたのだけれども特に情報を求めるでもなくなんとなく生きてきたのです
しかしこれもスケザネさんの動画経由なのだけれども反射的に「ああ、買おう」となり、現在に至るわけでして、いや新品だと5,720円するのでさすがにためらったんですけどね、直感ですね、手に入れておけとわたしのなかのなにかが囁いたようです、明日届きます、明日はいろいろと届くぞ

メモ #3

タグを削除し、メールフォームを削除し、アーカイヴを設置した

練習すれば字はうまくなる

やればわかるし↓を見てもわかる、単純に、丁寧に書くようになる、というのもあるのだろうが
縦に異様に長いのちょっと笑ってしまった

字の下手な人が30日練習したらどれぐらい改善するのか検証します。 | オモコロ
パソコンの方はブラウザのズーム50%推奨!!

自分の状態を把握し、提示する、明言する、自分自身に対して、誰かに対して、どこかに対して

そうすることで切りかわるというか移行するというか、気のせいかもしれないんだけどものすごく微妙なんだけどちがったところにゆける、意識が、とかはっきりとなにがということじゃなく、全体が、私が、きみとかが、凝った輪郭をにじませるふうに思えるんだよね、気のせいかもしれないんだけど

ゲームはいまはなにもやっていなくて

ウマ娘なんか軽く言及したけど動画を観ただけだったりする
VRもなにか視聴するときくらい
これからですね

自分と向きあうってことを

他人の尺度で自分をはかることだと思ってしまうとたぶんいろいろと大変で、なぜならそれだと前提から間違えてしまっているからで、他者引いては社会世界とかいったものの掲げる尺度はそうしたものとのつながりのなかで生きるだとか働きかけるだとかいった際にのみ用いるものであって、断絶した時間、干渉の外にあるとき、ひとりでいるときにまであてがうものではないからで、わたしがわたしをどう見るか、どう感じるか、どう思うかということは、わたしの尺度というものは、わたし自身がいちから、基礎から築きあげてゆかなければならない、誰かに任せて形になるものではない、抛ってみずから支えとなるものでもない
読書はもちろんあらゆる経験にはそのための資材集めの意味もあって、ある、というか、持たせられて、大切なのはそれとわかっているかどうか、それと知って生きているかどうか
よい状態へと向かう、いたるための鍵のひとつという感じがする

完全な動画だと思う

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