責任だって選びとるものだろう. 『かわうその自転車屋さん』.

雑記

他に負わされそのために消耗し私が私でなくなるような生きかたなんてものを俺がよしとすると思うか、と思う、囀ってうるさい人間があまりに多い、おまえはおまえで勝手にやって、わたしはわたしで勝手にやって、そんではどうにもならないほんとうにどうしようもないけっしてくつがえすことのかなわないどうしようもなさにあたる際にのみあたらなければならない際に万にひとつの可能性としてひょっとしたらまったく全然自分のものでない責任を背負いこみうるのかもしれない、とかそのレヴェルであって、それだって実のところそれほどあることではない、あってもらいたくはないのだが、いやそうでもないそんなことはないと決めつける思いこむ押しつける者はそれなりにいるように思う、平和な連中だと思う、そういうわかりやすさのなかで正しさとかそうでなさを振りかざして生きる毎日はさぞかし苛立たしく気持ちよくすばらしさに満ちているだろう、とここまで書いて別にそんなことはどうでもいいし冷めてしまうまえについさっき淹れたコーヒーを飲みきるべきだろう俺は、世界のほぼすべてほとんど全部が俺にはどうでもいいしきみとかあなた以外はどうでもいい、どうでもよくないものはあまりない、あるのは推される態度であり、とるべき、とされる態度であり、こうあるべきだとか好ましいだとかうまくやってゆくための態度というものであり、ぼくはそれを採用しここでだって好きに掲げられるわけなのだが、そのほうがうまくやってゆけるはずだとわかっているのだが、どうしてなのだかそうしない、そうじゃない俺を選択してしまいがちで、それはある種のどの種だかわからんがとにかくある種の誠実さを保持している、ということなのでしょうか、きみとかあなた、誰かを騙してキャラクターとしての現実にはありもしない俺を提示しそういうものだと認識させ印象を操作し好かれたり嫌われたり通りすぎさせたりする、踵をかえしてもらうなどする、そうしたわたしであろうそのほうが都合がよいのだからやろうやりたいと思わないというだけのことなのか、言葉をもちい、なにかを語る、騙ることにちがいはないのに、どうしたって嘘にしかならないんだからわたしがわたしと感じるものがわたしの感じるとおりに誰かに感じとられるわけなんてないんだからそんなばかなことはなかった、そんなふうに世界はできてなどいなかった、そんなふうにはできていないと信じない者たちですらそんなふうにできてはいない世界のそんなふうにはできていなさに翻弄されるというのに、なにもかもがうるせえ、思わない?好きに生きろよ

コーヒーは冷め、俺はいま昨日公開されたスケザネさん×小津夜景さんの動画のつづきを観ている

よくつくるかたたちのお話はおもしろいと思う、もういちど推す
ゲームとか武道とB級カンフー映画とパリの話とか創作のあれこれとかいろいろ

小津夜景さん登場!創作の秘密や詩の価値について話していただきました!【いつかたこぶねになる日】【小津夜景】【スケザネ図書館】【談話室】

篇 #2

ゆるぶふるふうね風奏かなづうたのく、とおのく、のきのちのもしかも水穂之緋みなほのひはいのすがりのすがらごとにしつしいてみいてみふる夜見よみごとをきょうもちてひのう

説明する気もなく書いたものは書きあがった瞬間永遠に説明できなくなる

でも書いているときはたしかなつながりがあるし感じられるし語はだからこそ接続されるし音は堵列されるしかたちとか、みているしきいているしささやきもする、そうしたもので、でも説明はできない、書きながらでも無理かもしれない、異界の扉をわけもなく、わけもわからず開くような何かでありたい

先日買ったココアが尽きもう生きてゆける気がしない

うそねこ
またかうねこ

見知った人間がここを読んでいるとして

そのことを告げられたらぼくはどう感じるのだろうか、気恥ずかしいのだろうか、気まずいおもいをするのだろうかふだんこんなこと言わないな、ということをたくさん書いてきたために、でも悪いことじゃない、よいことでもないが、これはわるいことだぞ、とは思わなかった、よいことだとも思わなかったが、だからだいじょうぶだと思う、ぼくはなにかを主張してだれかに主張してなにかを変えたくてこんなことをやっているのではない、そうでもないふうに感じられる書きかたをした時期もあったが探るためだったほとんどは、ぼくは自分がどうしたいのかをいつでも正確に完全に把握していない、衝動、に身をまかせもする、思うようにやって、すこしずつわかって、すこしずつ定まってゆく、十分になる、世界は変えたくないしあなたに変わってほしくもない、と思っているからだから、ぼくはしかしぼくのことは変えたいと思う、理想があるのだと思う、まだとても遠いのだと思う、近づきたいのか、あなたの手を、いつかはにぎりたいのだと思う

メモ #5

吝嗇りんしょくについては過去にも辞書で調べたのだが調べたこと自体忘れてついさっきもう一度調べた、俺はこれをよくやる、ひどいときは調べた過去すら思いだせないで寝る、吝嗇、ひどく物惜しみをすること、するさまをいう、けちってことだよ

例によって阿久津隆著『読書の日記』読んでいるのだが

引用された保坂和志の文がよく、こちらにも目を通す、そのような可能性を感じた

風の音を聴けるか

ということが文章家としての才能をひきだす鍵のひとつとなるように感じる、すべてではなく、ひとつ、気のせいだろうか、文章を読んで文章を書く、ということは誰でもすることで、音楽を聴いて音楽をつくるとか絵をみて絵を描くとかいったこともやはりすることであって、なにもおかしなところはないが、分断されているのであればそれはなんとなくあんまりだと思う、あんまりで、あまりよい状態とは思えない、絵と小説、とか映画と音楽、とかわかりやすく我我は区別しているでしょう、でもそれらはすべて地続きの営為のさきにあるものでもあって、隔てて外部化してしまうのはおそらくちがう、それかそれ以外か、それであるか、それではないか、とか、そうしてちがったなにかと決めてしまって俺は文章を書くんだから文章を読んでそれでいいとか思ったりしないでいたい、そのまま限界となる、退屈を招く、きみやおれやだれだかに、ひょっとしたら天賦のなにかがあるとしよう、そしてそうしたものを垣間見る、ひきずりだす、この手につかむということを望むとしよう、志向するとしよう、するのであるならば、そうでないものかけはなれたものなにともつかないものが実のところ助けになる、なりうることを忘れてはならないと思う、雪とか花、星とかねことか焔とか月とかいったものを、ぼくはこれらはこれこれこうしたものでどうした性質でだからこうでどうなのだなどとまるで考えないで捉えることのほうがおおい、それってなんにも考えていないだけでは、そうです、そうなのだが、それが、だからこそわたしを支えている、ことばがあるいはことばではないなにかをも読み手のうちへと導いて、そこからまたあたらしいことばがうまれてくるように、よい風は、また、ことばそのものを、ことばになりえぬなんらかの、かすかであるか、どうか、わからないがたしかなまたたきを呼ぶ、あなたは風の、土の、夢の、愛の音を聴き、聴かれた音は、やがて、いつしか言葉になる、なりうる、ふたしかな、もしかしたらたしかなことばに、ひかりのこぼれて花となる、のはわたしたちの視覚がどうやらそうらしいとわたしたちに働きかけて結ばれてだから花になるのでしょう、そこにある、とぼくたちはひかりをとおして知ることができる、ぼくらはひかりをひかりの寄る辺に滲透する過程だとかひかり自体として感覚することで、知覚することでぼくらを取りまく世界をのぞみ、そうしてそのさきに銘銘内奥を象ってゆくのでしょう、わたしは聴いて、ことばを知ります、わたしは眺め、ことばを知ります、でなければ? なにも書けはしないでしょうほんとうには

こやまけいこ著『かわうその自転車屋さん』9巻を予約した

自転車のらないんだけどこれは好きで読んでいる

まだ三分の一も読んでいないということはまだまだたのしみがつづくということだし二冊目だって控えている

 無駄に、完全に無駄に早起きをしてしまい辛い。寒い。早く起きたのでグルニエを読むことはしないで保坂和志を読むこともしなかった、それで何をしていたのか。床屋に行って五ミリメートルに髪の毛と髭を切ってもらった、一〇時開店のその床屋に九時五〇分に行くとすでに一人お客さんがいてそのあとも続々ときた、一人でやっている店だから、三人待っていたら一時間以上待つことになる、僕は少し早く来てよかった、と思った。
 午後、電車に乗って昨日から開いている高野文子の『るきさん』を読んでどのページもずっとよかった、そう思っていたら日暮里についた。髪を切ったので銭湯に行くことにしてそれが楽しみだった、それで銭湯に行った、広々とした、明るい、清潔な銭湯で、露天風呂があったので露天風呂に主に入っていた。寝そべるような姿勢で、何かの隙間から見える空をずっと見ていた、そこで空を見ていると曇っているように見えたが、本当は晴れていた。すぐにのぼせる人間なのでいつもは五分くらいで上がるものの露天風呂で湯温も三八度とかだったので長くぼーっとしていた。「僕はぼーっとすることができないんです」と言った。それは銭湯にそうやって入っているときにぼーっとすることができたため覆った。ぼーっとするをしたい。せっかくなので中のお湯にも入ろうと入った、頭の位置を下げていくと聞こえ方が増えていく音があった、蛇口かなにかの天井の照明に反射する光の光り具合とその音は同調しているように思えた、僕がいろいろが未分化の幼児だったらその連関を正確にまるごと理解したはずだった、明るくなればなるほどそのハーシュノイズのような音は高まった。と、耳までお湯につかるとその音はハイライトを迎えた。

阿久津隆著『読書の日記』p315-316

『読書の日記』は一一〇〇頁とちょっとある
数字のこの書きかたしたことなかったなたぶん、あーいや漢数字のゼロとか使ってなかったなって、〇ね、ただの丸に見えるけどこれは漢数字のゼロ、零です

『Kingspray』と『Color Space』がセットで割引になっているので買っておこうと思う

Oculus Quest2の話です

『Kingspray』は仮想空間内でグラフィティができるゲーム
スプレーなんかで絵や文字を描くあれ
マルチプレイもできるみたい

『Color Space』は塗り絵
そのままだね

Kingspray – Release Trailer
Color Space Trailer For Oculus Quest and Rift

買ったゲームは購入から2週間以内かつ2時間以下のプレイ時間であれば返金してもらえるので(その他条件あるが)遊んでみてちがうと思っても大丈夫だったりする、気軽に試せるの助かる

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