SFマガジン6月号は手に入れておきたい. ズワイガニとリロ氏.

「異常論文」特集だそうで、異常なら仕方ない買います、しかたがない
関係ないけど本関連の特集が載った雑誌って俺はけっこう好きで、ふだん買わないものでも買ったりする、そういう人ほかにもいるんじゃないなにかあるかもしれない知らない世界が広がっているかもしれないってんで期待して、たのしいよね、読んでみたい本っていくらでもあって人生みじかすぎるし終わってからだっていくらだってあたらしく出版される、どうしようもないしわかりきったことだけど冗談じゃないなって思う、なんなんだろうな、なんで死ぬんだ人間、死ぬなしかし死ぬ、死ぬなできるだけ



煎り豆のはちみつ漬けの話は知っている、わたしもやってみようと思う、大豆はえらいのではちみつもえらいのでやる価値はあるハニーローストピーナッツとかたまに食べるくらいには好きなのでそうしたものの線上に存する代物なのだとしたら試みる意義はある大いにだからやる俺は、という気持ちでねむりにつきたい、他になにがある、いい夜だよ



『WIRED Vol.40』が届く、「FOOD」特集ってことなのかなこれは表紙にFOODって書いてるしなあと:re-generativeともある、地球のためのガストロノミーともあって、地球のため、考えたこともないですね地球とか誰のためとかないですね、ない、あなたのためとかきみのためとか考えたこともないし考えたくもないそんなのは、その傲慢さは、その正しさは真っ当さはおそらくちがうこの目には、手にはついぞ馴染まなかったつまるところわたしは目隠し状態で綱渡りするしかない延延なんのためでもなく自分のためですらなくそうあるなかでひょっとしたらちょっとしたことくらい起きるかもしれないじゃない、ちょっとしたこころよさとかちょっとしたやさしさみたいなものが無志向性のよさなんてものがありうるのかもしれない、わからない、んだけどわからないでは済まない状況のっぴきならない状況なんてものがあきらかとなってどうにかせざるをえないどうするというが現状なのでしょう、どうする



退屈の忌避、生まれつき強くあってわかりません知りませんどうでもいいですって態度をぼくが採用するとしたらそれはあらゆるつまらなさを人生から遠ざけたいからでして、わたしはわたしがおもしろいと思うもの以外ぜんぶどうでもいい押しつけてくんなってことを言っているのだなあと、残り時間どんくらい? わたしはあと何時間生きるのでしょうか何年? わかりませんわからなさのなかでどうでもいいもののためにあれこれ思考する意味あんのか、考えたい人間が勝手に考えていればいいんじゃないですか有象無象の抱える問題なんかなんの価値もない、俺には俺の、あと君にとっての問題こそがひょっとしたら真に問題で他は知らないつながって世界がそれらしきものが余計なものがくっついちゃったひとになりたくはない、余計なもの、こと、などというものは軽率に削ぎおとしてもろてほらちゃんと、、、、生きたいだけなのでしょう全うしたい、ということなのでしょう権利とか義務とかうるせえなって思う享受する種種あなたもあるんでしょううるせえな、誠実さ、誠実であるとかありたいとか考えている着地点を探している、ぎりぎりの線、境界線上を歩きたい、どっちに落っこちても最悪ってやつ



いやほんとうにぜんぜん自分のものではないものを自分のもののように感じてしまったり感じさせようとしたり問題意識とか、植えつけてわたしがわたしを見ないあなたがあなたを知らないような状態世界観をそういうものだとしてしまって歪む、ませる、はたらき、というものが目に見えるものの裏側に隠れているということがある、たくさん読む、様様読むなかそうしたもののそれとわかるだけの素養も身につきうるのでそうすれば、読書ってそんなもんでお好きにどうぞしたくなければしなくていいんじゃない俺は知らんだけどするしないの選択のさきにあるあやうさとかなんとか、半端であるとか偏っているだとかいうことのあやうさはいちばんはじめにわかっておかなきゃなあって二秒程度考える、知らんけど、で終わるけど知ったことじゃない、でも読むといい、わたしを拡張したほうがいいって思っている、更新したほうがいい、書きかえたほうがいい、そこは危ないいつまでもとどまっていては、とか思う知らんけど



前向きとか後ろ向きとかいった設定ってあってメニューからオプションをひらきあなたはあなた自身をどのような存在として扱うか設定できますので、したりするんだけど文字がグレーで変更できないとか条件満たさないといじれないってあるんだけどまああるんだけどでも極端ですよねそんな単純か? 俺はどちらでもないどっちも向いていないそのときどきの最適さだけを見ている、いまこの姿勢でこうした捉えかたで世界とか自分とか誰とかがどう変わるんですか変わらないんですか気持ちいいですかたやすい? やさしいの、よかったって思うの、という話だけをしている、ばかであるふりとかわからないふりとかつまるところはめんどうごとへの対処法というか処世術というかその手のつまらんものであって目的があって仕方なく使う、しょうもなさを引きうけてでも避けるべきしょうもなさは残念ながらあってほとんど外部にある、俺のそとにある、俺と君のそとにある、消えっちまえよなにもかも、とまでは言わないけれども消えてもいいよは言っていい? どうなんでしょうね、今日は雨が降るぜ



これしかしないしこれしかない、他のことはどうでもいい、という狭さがそのまま専門分野における限界に直結しうるのわりと悲惨やなって思った、幅広くいろいろとやることでどうしたって好きでしようがないあれとかそれにおいても能力開花できる可能性が高まるっぽい、のだとしたら俺がやってきた描いたり演奏したりってこともどこかで影響を与えているのかもしれない書くことに、それだけじゃない元元性質というか気質の微妙に外れているようなところがあったのだけれどもそうじゃなく見えるように繕うってことを幼少期からしてきて、おなじようなひとってたくさんいると思うんだけどそうやってあてがったものっていつまでたってもほんとうにはなりませんからそんなにきれいに騙せない、自分のことは、なのでそうじゃなさのなかでそうじゃなさを隠しつついろいろやってきてそれっぽさを身につけてきたばかみたく、けれどもそうした無駄のようであった諸諸が結局自分をたすけるなにかになっているのかもしれない書く、ということに関して、わたしがそうであった、という事実が過程がすべての時間が書く、という行為に影響を与えているのかもしれない花を見たってそうだろう、あなたはあなたを踏みだせて、わたしもどうやらそうらしい、いいね



文章作成においてよく言われるとりあえずばあっと書いちまってあとで推敲改稿するってやりかた、たしかにって思うんだけど、だってはじめから拘ってこうでなきゃこれじゃないってことをやっているとたいへんな時間がかかる場合がありますし、頭のなかで文を完成させてそれを書きつける作家もいるとは思うのだがわたしはそうじゃなく、ひらめきは手をうごかすなかでうまれることのほとんどでそうでない場合はわたしはあまりない、のだが、なんだけど、自分にあった書きかたを見つけると、俺がいまこうしているみたいなちゃんと書かなきゃみたいなことの外でばああっと書くような書きかたが見つかると書くこと自体のたのしさがちょっとすごいことになる、のでこうでなきゃこうしなきゃこうじゃなきゃならない私は、を蹴っ飛ばして試みてもよいかもしれんよ、と思っている、だれにともなく、たのしいとかきもちいいとかってことが第一義でわたしには、そうじゃなかった時期があったからこそいまそうじゃないひとに知ってもらいたいと思っているのでしょう、好きに書けよ、知らんけど

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