雑誌『tattva』を買う. わくらば. 透鏡.

雑記

『tattva』という雑誌を注文してみた、ビジネス&カルチャーブックとあって詳細はわからないのだけれどもなんとなく興味を持ったわからないからこそ手に入れるのだけれども、予算は? まあいい管理はしているから、どうやら発刊されたばかりらしく季刊とある、おもしろかったら定期購読したい、ちなみにtattvaはサンスクリット語で「それがそれとしてあること」だそうな、否定も肯定も正誤もなくすべてがあるとおりあってよどみなく流れるとか理想のひとつかもしれないねひとによってはどうなの、名付けの意図とは関係なくわたしはそう考えた

『tattva』発刊のお知らせ | news | BOOTLEG|ブートレグ
『tattva』Vol.1 ポストコロナの ビジネス&カルチャーブック 2021年4月上旬発売

すでに並んでいる書店もあるのだろうか実店舗での展開はわからんがネットだと現時点でまだ予約できて俺は『よはく舎/マルジナリア書店』さんで頼んだ送料は無料だった

ビジネス&カルチャーブック 『tattva(タットヴァ)』vol.1
4月10日発送予定 ◎情報パンデミックとの付き合い方 ハッカー理論で統治を共創し、未来を開く──オードリー・タン 劇場で「火事だ!」と叫ぶ──キャス・サンスティーン(予定) ◎寄稿・連載 武邑光宏/小川仁志/佐宗邦威/甲斐かおり/島田昌幸/磯野真穂/名越康文/後藤正文/平田オリザ/栗栖良依/石崎嵩人/水野雄介/柳亭...
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晴れているが降る可能性もあるなか洗濯物を干すを実行しているわけなのだけれどもなんだろうねこういうことをやっている行っている一分一秒の価値いや価値とか意味なんてものは元元ないんだけどあると決めて思考した場合じんわりとやってくるなにかがある、生きて死ぬまでの時間のひとつひとつの価値とか意味とか無いけどあるよね、無いけどあって、あるけどなくて、だからなんとなくないけどある感じのなにかを感じとって生きていて、死ぬまではそうするんだろうなあと、ぼんやりしてゆく、はちがうな、鈍ると思うんだよ歳を重ねるごとに、ちがうってことはなかったかまあいい、とにかく老いるなか鈍ってゆくものだと思うんだよいろいろなものが、ことが、俺が、鈍ってく、仕方がないのだけれどもそれはでも鈍ってわからなくなったことを忘れたくはないんだね、むかしはかんじとることができたことがどこかでわからなくなったとしてもたとえ、そうだとしてもかんじとることができたいつだかのわたしをわたしはわすれたくはないと思っている



アウトプット前提でインプットするってのが基本なのでほんのすこしでも心が動けばそれは書きとめる価値がある、そのままか加工するかはその時の気分で変わるのだけれどもとにかく起きたこと読んだこと見たこと聞いたことを元になにかしらかたちづくる、といっても作品らしきものに関してはそれはしないんだけど意識的には、自然となるものなので、こうしてやろうとかどうしようだとかそういうのぼくはもう要らないんでまったく価値がなくなってしまったのでさすが最高だな俺って思えたらそれがただひとつの正解で他はない



病葉と邂逅はともにわくらばと読めてまぎらわしいといえばまぎらわしいのだがそうそう聞くことのない言葉なのでというか口頭では最近はじめて耳にしたくらいだったのでほとんど問題にはならないような気がする、病葉は病気で枯れた葉、特に夏に赤や黄に変色して垂れたり縮まったりした葉、と大辞林にあり、だから夏の季語で、邂逅はたまたまとか偶然とかまれにとかいった意味だとやはり大辞林にある、あたらしく知った言葉はどんどん使って身に刻むのがおもしろいのだが日常会話で用いるとなると相手を選ぶ必要がでてくる場合がありますね、どのような意味か訊ねられて説明するとなると理解の深さが問われることとなるわけでそれも記憶への定着をたすけるいやそんなことまで考えて言葉を選ぶ必要は無いのだが、書けばええじゃろがいどっかに

絵がふつうに上手くなる本(立ち読み版)
よー清水/"【みんなが知りたい《ふつう》を深掘りします】絵が上手い人や絵を仕事にしてるような人が「よく見て描いています」「絵で稼いでいます」などと一言で流してしまう、絵描きにとっての《ふつう》のこと。どのようにしているか? これまで語られなかった、みんなが一番知りたい《ふつう》の部分を徹底的に解説します!ゲー...

かきねこになりたいねこにはよいかもしれねこ



たとえば本を読んで読みっぱなしで終わるってたのしみのための読書ならばまったく問題ないのだけれども何かしら得たいものがあるとか変えたいことがあるとか変わりたいとかって場合には論外で、手にした情報をもとに行動を起こすのが最低ラインになる、のでなんとなく読んでなにかわかった感じになってはい次ってのは推奨しないし俺もやらない、↑の『絵がふつうに上手くなる本』も実践してはじめて価値が生まれるわけで手を動かさないならあんまり意味がない、やってみて、つづけてみて、ひょっとしたらなにかあるかもねって期待をいだきつつ、がよい、最近は仕事にするお金にするといったところにまできちんとつなげようとする本が増えた気がする、のもよい、よい流れだと思う



佃煮ってあんまたべたことないなと思いながら『読書の日記』の佃煮について書かれたところを読んでいる、思うついでにかるく検索してみたところ醤油と砂糖で味付けするとかその他諸諸の工夫の数数とかがあらわれて解像度が若干上がったもののまだまだ曖昧でぼんやりしている、たべるのがいちばんだと思う、が、買う気はないいまのところ、買うかもしれない



昨日は桜のよく咲いてきれいだった、ぼくはだいたいのものを見るでもなく見て生きているのだけれども昨日の桜はよく見たと思う、ただ視力の問題でそれほどはっきりと捉えられたわけではなく、眼鏡というかレンズを新調するべきではいいかげんとも思った、あとレンズって日本語でなんていうのって思って調べたら過去には透鏡とうきょうと呼ばれたとあった、先の大戦の折に敵国語とされうんちゃらかんちゃらとあった、ほんとかどうかはしらねこながらなるねこになった



コンタクトフォームを再設置した、かわいそうにスパムはすべてはじかれるんだけどあれって自動化されてるの、手動だったらわらってしまうな



気に入った曲を延延再生する期間と手当たりしだいに再生する期間を交互にくりかえすような付きあいかたをしている音楽とは、ほんとうに気分で、そのときの感じ、、で変わる、という自由さを捨てるつもりはなく、ちがうな、と思ったらどんなに好きなものでも聴かなくなる、長いあいだかもしれないしずっとかもしれないしわからないのだけれども聴かなくなる、書くときは聴きなじんだ日本語の楽曲か意味の取りづらい言語の楽曲、あとは器楽曲が多い、環境音はほとんど流さない、だが有用だと思っている、寝るときとか無音ならともかく室外からのノイズが気になることがあってあえてなにか再生することがあってそういうとき役立ってくれる、という付きあいかたをしている音楽とは、環境音も音楽として捉えているということです

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