MAISONdesさん. 『月ノさんのノート』がよかった. 『取材・執筆・推敲』、座右の書となりうる.

また寒い今日で衣替えのまだなのがよかったとか洗濯もしたし必要なもののいくつかを買う必要についてすこし考えている、思うが九割考えるが一割といった比率でほとんど思っているのだけれども思うと考えるはちがうということは過去に書いたっけ、思うのはかんたん、考えるのはむずかしい、思うって要は反応なので、世界がどうとか他人がどうとかいったあれこれに対して感じたところのものを言語化すればよい言語化自体はたやすくないが、たやすいことばはたやすいわたしをつくりだすのかもしれないね、ならべてしまえばそれっぽく、感情だってわかりやすく片づけられてしまいますからね、知らんけど

作詞って言語能力とか感性とかはっきりあらわれてごまかしがきかないというか、辞書でひろった馴染みのない語を採用して雰囲気だすとかでもなにかしら効果は生まれると思うんだけどそうしたなかでだって選ぶことばによって度合い、、、がはかられる、問われるし、凝縮されるぶん余計に際立つというか、おもしろいよねって思った



好かれる愛される技術ってものもあるんだろうけれども知っていたって実践したくないししないでひとりで全然問題ない、そうした嘘の取りはらってそれでもつながるものをのみわたしは抱えていたい、良いも悪いも損も得もなんもないところでだって共にあれたなら、とかそんなんが理想なのかもしれないじゃないと疲れませんか、時間だってなくなる、なんにもならなくったってなにかしてあげたいって思えないならもうそれだめじゃないのっていう、どうなの、たしかめたいのかもしれない、といった傾向の存在を書く傾向がわたしにはあるのでしょうか、いや腹のさぐりあいは本当に無駄でそんなふうに捨てていいほどに余分なあなたなんてものをあなたは持っておられるのですかって気持ちにならないか、言わないで聞きもしないでどうこうってそんな在りかたでいいのあなたって、いいって思えるのって思っちゃうじゃない、思うから、わたしはそうではありたくないって思ったの、いま、焼いた厚揚げを食べながら、醤油がなくなりそうです



『tattva』届いた、ちらしがたくさんでそこでちょっと感心した、なにに感心したのかはわからないが、たくさんある…ってなったので、買っておいてなんだけどころねこ自体にはなんら関心なく生きているのだよね元元そこまで外出しないのもあって、あと外食だってそもそもしないし必需品以外わざわざ買いに出たりしないし人間関係整理済みだし、ね、なのでそうした立場からそうでない立場の人たちを見るようなことになる、という意味では学ぶところの数多あるのかもしれないっつっても関心を持たないまま終わる可能性もあってどうなるかはわからん、どうなることやら、と、『季刊エス』の発送通知がFujisan.co.jpさんから届きました

わたくしは、「自分の性格の悪さにしては」極めて安全に見える位置にラインを置いて活動している、つもりだ。言ってしまえば、実際の自分の考えからは目を背けて、本心と全く別のことを配信で口にすることだって全然ある。けれど、わたくしがそのことに対してさして罪悪感を抱かないのは、自分が強く憧れている人たちもそうしているように感じているからだ。

 わたくしは、ある程度の性格の悪さが見え隠れする人が好きだ。自分の憧れる有名人は、自分が本来心の内に潜めているドロドロを“少しだけ”隠して、ギリギリ大人数に発信できるところまで持ってきて、それでも頑張ってなるたけ正直な言葉を紡いでくれる人が多い。これは厄介なファン心理なのかもしれないけれど、そういった場面に直面したとき、「あぁ、こういう気持ちなんだけど取り繕ったんだな」という察しをしてニヤッとする。この人は、正直に心の内を言っている訳ではない。けれど、わたくしみたいな性格の悪いファンのことを「信頼」して、だからこそ取り繕ってくれている。これが行き過ぎるとやばいファンになってしまうのだろうが、自分は「その人を好きになって感情移入する」ということは、「その人を分かった気になる」と同義だと思っている。人を分かった気になるということ自体は、悪いことではない。

 わたくしは多分、比較的悪い性格をしている。それを「隠している時」、性格の悪い同類のリスナーには、勝手に察して心の中で笑みを浮かべてほしい。本心を隠すからこそ分かり合えることがあるだなんて、ものすごい矛盾してて、ワクワクしませんか?

月ノ美兎著『月ノさんのノート』(株式会社KADOKAWA)p.83-84

『月ノさんのノート』積んでいたのだが読みはじめると一瞬だった、わたしは委員長の配信を観るにしてもほぼ確実にながら、、、で頻度だってそう高くなくファンかと問われれば、いや、と答える程度の距離感で、それはすべての配信者に対してそうなんだけど、とにかくそんな感じなので元元誰の動画であってもしないコメントは今後も一切しないし著者について知りたくて著作を買うというのではなくこの人が書く文章ならおもしろそうだなという期待があって買ったにすぎなかったりする、だから、よかった、読んでいて、ああ、月ノ美兎だなあと思ったし、読後にもそう思ったので、また気が向いたら観にゆきます



実現したいことの実現のしたさ加減を自分でわかっているかどうかって大事で、より深く知るにつれて解像度が高くなるというか、至る道の判然としないままぼんやりと期待して生きていたってぼんやりとした行動にしかつながらないし、なんにも変わらないでぼんやりとした失意や閉塞感というものにじわりじわりと侵食されてゆく、だからまずは知ること、さぐるところからはじめるのがよいように思う



『取材・執筆・推敲』、読め

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