『家守綺譚』がおもしろい.

 見るとゴローはふかし芋を喰っていた。やはり腹が減っていたのだろう、いつもよりがつがつと食しているようだった。
 ──かわいそうに。
 おかみさんは同情しきりだった。しかし、私が何ともいえない複雑な思いをしたのは、ゴローが、夢中で食べながらも、ちらちら申し訳なさそうに私を見るときだった。まるで、「独り占めして良かったのでしょうか」と云っているように見えた。不憫ふびんである。私自身もまた哀れであった。やはり百足採りを引き受けるべきであったか。害虫を役立てるのに何の不都合があったというのか。マムシだって、その気になって採集すればできぬことはないだろう。近所も喜ぶ。薬種問屋も喜び、病人も喜ぶ。私の経済も助かる。私はやるべきなのかもしれない。しかし、私はこの考えを好かなかった。少しく自分に嫌気がさした。

梨木香歩著『家守綺譚』p.33-34

ゴローは犬だが犬の範疇を超えた犬の感じがある、犬の範疇というのもよくわからないがとにかくそんな感がある



愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶとかいった言葉があってそりゃそうなんだが本質的なことの先にあるもののこまごまとどうしたって都度経験するしかない場合もあるわけで常に正しい態度とも思われない、いわゆる失敗の避けられたほうがよいように感じられていやほんとうにそれもそうではあるのだが上手くやれなかったときにこそ思考のより働くものでもある、学習し、備えに思いの及びうる契機となりうる、成長とか変化とかいったものを経てちがった私に私がなる、なりうると考えるならば失敗=成功とも言いかえられるわけで、失敗しないでいながらしっかりシリアスになるというのは案外難しいものじゃないですか想像力のあらゆる事態の想定可能なほど万能でもないのですから経験ししくじって上手くゆかないやりかたを知りそんならこれならどうですかってなふうにそうではないやりかたを試みくりかえし幅の少しずつしかし確実にひろがってゆく、ひろげてゆくなか経験値の蓄積されて結果的にレヴェリングの果たされることとなる、というのが加速する今日に採りうる在りかたのひとつであろう、ただ明らかにまずい痛かったり辛かったり死にやすい失敗に対してはそうなるまえにある程度わかっておくのがよいよね、なんでも自らやればよいというものではない



人生に意味があったらめんどうだと思うんですけど生まれるまえから生まれたときから設定されていたら困らないかそんなもの、ゲームかよって思わないキャラクリやってんじゃねえんだよってなると思うんだけどなんのために生まれたとかその手の概念ってよりよく生きるために利用するには都合のよい道具ではあるんだけどほんとうにそうしたものがあるとか考える価値が絶対的にあるとか偏った捉えかたをしてしまうとそうじゃない自分とかそういったものを見いだせない自分の定まらなさとかふたしかさにつかまってかんたんに揺らぐんじゃない人間ってそもそも賢さとは縁遠いというか縁が無いというかわけわからんことごちゃごちゃ言ってめちゃくちゃやって澄まし顔してる冗談みたいな群れじゃないですか実際のところ、わかるとかわからないとかどうでもよくってなんだか知らんがせっかく生まれたし気持ちよくなったりたのしくなったりしようぜって地点からはじめちゃって今日を築いてみるのはどうですか、社会とか世界とか他人とかなんとかいやどうでもいいし勝手にやっててくださいよって思えないのは地味ながらしんどさの積みかさなる感じある、教養ってのは自分のなかにある思いこみや決めつけに気づいて退けるための武器でもありますのであああああって感覚が生きていてあるのならうあああああああああって生きていてなるってんならまず学べとしか言えないしたぶんそうして基礎をつくっておかないといろんなものに振りまわされてずっと困る、俺も困った、から考えたし読みもした、なんとなくでわからないままでやっていたらとっくに生きていなかったと思う、というかそのまま生きれば生きるほどにしんどさが加速してゆく時代とおなじように、長ずれば長ずるほどにつらくなってゆくそれは俺がうけあう、のでまずもってかえりみること、成育環境に植えつけられた狂った思考がいくつも見つかるはずなのでそうでなさのただなかにみずからの頭脳と脚とでもって歩いてゆくこと、近づくこと、ゆきつくこと、とどまって安んずるような感じの錯覚であるとか思いちがいであるとかあたりまえにあるものです、油断しないこと、知らんけど



楽な仕事を楽にこなして休んで遊んでなんでも消費してしまって生きるのって楽なようでじわじわと首が締まっていったりするものなので将来的な楽さのためにいまこの瞬間にいろいろやっておくのが実は大事だったりする、なにをすべきかってことは銘銘見いだせばよいのだけれどもやっていておもしろいことじゃないとつづかなかったりしますから好きでいつまでも没頭できることを換金するにはどうすればいいか考えたほうが結果たのしい、ただしその際安易に既存のルートを採用すべきでなく、なぜなら条件の厳しく設定されていたりしますから何度も軽率に挑めないとか試せないとか再現性が低いとか他人の思惑に左右されるとかとにかくうるせえ場合が多いので、うるせえよ、よくある好きなことを仕事にしたら嫌いになっちゃった系の言説はうっかり他人の敷いたレールに飛びこんだせいで余計なもののまじりこんでしまった場合が多いように見える、本当にどうしようもなくそこを通るしかないとかいやいやそんなはずないしっかり調べて自分で試して徹底的に疑ってなんかあるだろやりかた無いならつくれレヴェルで抗ってほしい、どうやってそうじゃなくそうなることなく仕事にするか変えてゆくかつくりあげてゆくかってことを真剣に考えてほしい、あるいはそうでない収入源をしっかり築いて維持して余暇でたのしむとかやりかたはあるでしょうつまらんことは一秒だってやりたくないだろうが俺も嫌だよ、だからたとえばインターネットみたいなツールを十二分に活用して自分で道をきりひらくのがよいと思う、心理とか人を動かす技術とかお金を得る手段とかについて学ぶとしたらそうした折に有効利用するためで、自分や自分のまわりの誰かや何かが大変な状態にならないようにするためがいいよねって個人的には思うんですけどきれいごとじゃなくそれくらいそれ以外のあれやこれやがどうでもいいので、そんなんでいいと思った



主義とか無いっすねってこともなげに言って実際そうあってほしいですね



主義主張を持って生きている人間地に足のついて問題意識もあってまっとう、、、、な人間がたとえば詩的ななにかを書こうとするとそうした自己のなにかしらの滲みでてきてしまいがちなうえそうでなさの演出も過剰になりがちで果てしなくしょうもなくなるなってことを詩的なものを見ていて思うんですけど詩的なものってなに、書こう、、、とした途端俺ですらそうなるなりかねないので書こうと思って書くという選択肢がもはやない初期にはあったが…というありかたしか俺にはもうできない、ということでKindleのための作品もぜんぜん書けていない、平和だ、創作とかなーんもわからんわかるのは自分が天才ってことだけだからおもしろいんでしょくらいの潔さに結局ゆきつきますよそれがいちばんたのしいからいや人によるけど自由でいたいんだよ自分自身からすらも知るかボケって顔してますねいつだって、天才=自分に自信がある人根拠があろうがなかろうがって認識がすでに間違っていて天才=天才でしかないただのことばで概念でそうだと決めればそうなるしそうでないと決めればそうならない、よく書くことだが便宜的に採用するものでしかないこういうのって、自分が自分である方法保つ方法ってそれぞれが生きてなんやかんやと実践するなか見つけてゆくもので、俺の場合は俺が俺の能力とむきあって最高だなって感じたり感じながら最高のパフォーマンスを発揮することみたいです、そんな感じで人生つまらなくする方法も経験からわかるんじゃないわかれば避ければ退屈しづらいんじゃない、知らんけど



『In Flames』を読みかえしていた、全文載せておく

見知らぬ地平は遠のくばかりの名前と青から成る境界。
私のひかりの拉いで泣いたらそんなもんは最後の時間のあなただけですそういう取り決めですからなんて表記されてうるさいのうるさい。
歩幅のひとつもあわせてくれないリアルの意識はわたしを損ねて死なないところがかわいい。

だからかけらのひとつっきりさえ含まれないで淡くも濡れてもいないのこのくちびるは。
緋の丹の結んで詰めこんだ壜のそれごとだってすべてのことばに足りやしないからぶちまける、そのくらいちいさなおんなのこでいたかったバグっててあたし。

私は私のつめさきのまだ熱い沙を筒に移して水をつくるばかりでいる。
こぼれおちる色彩のまとわりついて輪郭を微細化する過程、記録しながら記憶するみたいな器用さが魔法だなんて思わないからもうずっと解けてるし醒めてる。
仕掛けという語の内実なんて知りようもない嘘ばかりつきたいいまだって死ぬまで。

死んでも知れない表裏のどこかにどこまでもたかい解像度で祈りのことばが織りこまれている。
形跡ばかりをなぞって生まれる線の愛らしいのが君だとわかればまたたくまえからかなしいことまで解析したよねいままでにぼくら。
うまれてほどけた流体をそれきりそそいで暮らしてく雪のように軋む世界でどこまでもくだらないわたしでありたくてぼくはひとりで。

季節のはざめに見る火と風は定まらないで比喩が成立する。
どうしてかなんてだれにわかるはずもない。
くらべるなにをも知れないでそう思うことの理由なんてきみにわかるはずもない。
きれいでだからわたしはあれらが好きだったなんて言えるはずもない。
わたしはあなたに旅の話をしてやりたかったやさしいせいでなんにも気に入らなくていい。

まだ音の染めつけられて痛まないころの抛射を見ていたあたしたちにはかたわらの星の普通さがうれしかった。
書きつけられればほんとうらしさのすこしだって感じさせないでにぎやかな欺瞞だったと記録してある本を読んでいるのいまだに。
聴いてる?
反響しましたってあたし言ったよね?
それは反響でした。
毀れました。
それは意味が毀れましたの哥でしたってあの時に。
きれいな風に似てました。
それはきれいな風だったふりがなをふって丁寧な風だったってあたしはきみに言ったよね?
ねむりたいねいますぐにって。
だれかみたいにねむりたいそうしたいそう思ったのでした不安定さも一緒にぼくたちはならんで手だってつないでねむりたいって。

歩くのが得意だなんておさないくちぶりでころころと蓄積されるきみでいるのが誰よりも上手かったわたしはって追記する、くすぐる、くるくるわらって毀れてる。

わたしはきみを、見るのが好きだった、話すのも、たぶん好きだった。
おしゃべりなんて他愛ないなんでもないなんにもならないものが好きだった。
記述するから?
記述するから。

 私の剣幕に誘われるように、庭にいたゴローが飛んできて、男に向けて唸った。男は犬嫌いと見えて真っ青になって帰っていった。
 ──よし、ゴローよくやった。いいか、夜中にでもあの男が来たら、吠えてやるのだぞ。おまえは今夜から木蓮の下で眠れ。番小屋を造ってやろう。
 私は縁の下から木ぎれを取り出してきて、急ごしらえの小屋を造ってやり、木蓮の下に置いた。通りがかった隣のおかみさんが喜んで、
 ──おやゴロー、お引っ越しかい。良いお住まいじゃないか。出世したねえ。
などと言っているのが聞こえた。これはこれで真実を含んでいる。ゴローはその生来の甲斐性で確実に自分の生きる場所を確保してきたのだ。

梨木香歩著『家守綺譚』p.56-57

ゴローは犬であり、甲斐性がある

ミュシャの絵、『桜草』の次は『羽根』だなと思っていたのだけれどもそこに時間をかけている場合でもなかろういまはと、いうことでふたたび『桜草』です、マイクを新調してホワイトノイズ対策が必要無くなった、うしろでさぁーっと鳴っているあれのことね、もちろんよりクリアな音声を、となるとやはりなにかしらの処理が求められるのだけれども現状そうまでする意味もないのでBGMくっつけてぶん投げました、手間の減るほど継続もたやすくなるのじゃないかな

絶滅危惧種の鳥が「先祖代々受け継いできた歌」を失いつつあると判明
人間の子どもが大人から学ぶのと同様に、動物も同じ種の経験豊富な個体からさまざまな生存と繁殖に必要な行動を学びます。鳥の「歌」も世代から世代へと受け継がれる重要な行動の一つですが、生物多様性の損失に伴う個体数の減少により、オーストラリアに生息する絶滅危惧種のキガオミツスイが受け継いできた「歌」が失われつつあることを研究者...

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