『青騎士』創刊号を予約した.

雑記

といっても四月二十日、つまり明日発売なのでふつうに注文したようなものなのだが、森薫先生もいるし知らない作家さんがたくさんなのでたのしみ

青騎士 第1号
「青騎士 第1号」森 薫のあらすじ、最新情報をKADOKAWA公式サイトより。新しい判型、新しい造本、新しい連載の数々! 『乙嫁語り』の森薫、『北北西に曇と往け』の入江亜季を中心に、広く漫画業界から豊かな才能たちが結集する。創造と革新のコミック・ブック、新創刊!

それはそれとして青騎士ってwikiもあって1912年に創刊されたドイツの芸術年刊誌だとか芸術家サークルだとかいろいろ書いてある、そこから持ってきたのだろうか



あと『総特集 高橋葉介 大増補新版 『夢幻紳士』40周年記念』も予約しておいた、二〇一三年に発売された『文藝別冊 高橋葉介』が一四四頁増で復活とのことで、俺は高橋葉介先生の漫画は『夢幻紳士』をすこし読んだくらいで漫画自体はなれ気味だったこともあってそこまで知らないのだけれどもだからこそこれを期にという感じ、なのでとてもたのしみ、いや正直なところ特別寄稿に名を連ねている方方の名だけでも買おうと思えるくらいでしてだって諸星大二郎、吾妻ひでお、魔夜峰央、山田章博、藤田和日郎、田島昭宇、平野耕太、小畑健、押切蓮介、日本橋ヨヲコですよコピペなので敬称略ですが俺が全員わかる時点でなんというかこうすごいな、買います

高橋葉介ウヱブサイト
漫画家高橋葉介の単行本情報など
【だが欲しい】”変な文房具”対決 ~有隣堂しか知らない世界043~

俺も変な文房具ほしい



勉強はやめちゃ駄目だなってことをある種の人間を見ていると思うんだけどまあそれはいい、話は変わって(?)個人的には書き手として文体をどうこう言える水準に達すること自体至難という感じがあって、なんでそう思うかと言うと大概の作家が似たりよったりでおもしろくもなんともないから、曲芸的に仕掛けておどかせばいいとかそういう話ではない、読まれる範囲で好き勝手やってそんでも成立させるとかそれこそいちばんはじめに通過するところでたとえば教科書的に徹して書いてそのあとで崩してゆくとか崩れすぎて収集つかんくなるとかめちゃくちゃやっちまってなんだかわからんとか基礎じゃん、基礎なのよ、そこまでいって第一歩なのよ、そっからなんですよそこからようやくその先が見えてくるわけでそれすらやりきらんうちからなに言ったって届かんのじゃない知らんけどっていう、届かねえよ、というわけで俺ももっと攻めるべきですね退屈で死にそう、俺が俺に退屈したら終わりだよ奇跡みたいな文章以外書きたくない遠いが…天才には天才の仕事がある、あんたがあんたの才能を信じるならば信じるまでもなくそれ、、と知っているならばあんただけの仕事というものが必ずある、凡庸ぶって当たり障りなく紛れて這いつくばってりゃいいんだその他大勢有象無象にって生き方が嫌ならやるしかない



音はひかりのひかり降る日の野にふたぐふうなささらどのとねりこ縷縷雨下丹丹式敷きじきて和四季の穂の瓊音ほづな振るに丹似たり



言語表現って全感覚を使ってはじめて書き手のたちあらわれるものなんじゃないの頭だけでどうにかしようったってたかが知れている、とか思わなくもないのだけれどもある種矮小化されているからこそ誰でもどうとでもといったところがあるのかもしれなく結果なんでもいい、『青騎士』何作か読んだがうんまあという感じでいまのところ次号を買う予定は無い、よい作家さんがいれば単行本を待とうと思った、また時間ができたら読む、一緒に買った太刀川英輔著『進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』はまだ冒頭だがおもしろそう

 これはよく誤解されるところだが、いくら名文を書き写したところで、筆力は向上しない。表現力が上がるわけでは、まったくない。三島由紀夫の文章を何十回書き写しても、三島由紀夫の精緻で流麗な文章は書けない。俗に言う「写経(本義は経典を書き写すことだが、文章トレーニングの現場では模範となる誰かの文章を書き写すことを指す)」によって表現力の向上を図ろうとする言説は、基本嘘だと思っていい。
 しかし、書き写せばおそらく、読点の位置に驚いたり、語尾や文末表現のゆたかさに驚くだろう。普段自分が書いている文章とはまったく違うリズムが、そこに宿っていることを知るだろう。読点の位置ひとつで、文末の変化ひとつで、ここまで変わるものかと笑ってしまうかもしれない。そうやって「自分とはまったく異なるリズム」を発見し、自分の癖やリズムを再確認することが、筆写の効果だ。
 しかも書き写しは、その過程に音読が含まれる。
 他人の文章を書き写していくとき、われわれはたとえ声に出さなくとも、あたまのなかで音読しながらその文章を追っていく。読むだけ、コピー&ペーストするだけでは、音読のプロセスが入らない。
 文体が「その人固有の声」だとするなら、句読点は声に連動した「息継ぎ」だ。筆写によって名文家たちの息継ぎポイントを知ることは、声の幅を広げることにつながる。むかしながらの凡庸なアドバイスに聞こえるかもしれないが、効果は絶大である。自分が好きな文章を、書き写していこう。

古賀 史健著『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』p.336-337

自分のではない誰かの呼吸を知ることで文章表現に立体感が出るとか可能性がひろがるといったことは実際にあってだから俺も筆写を勧めている、時間はかかるがその価値はある、あと割とたのしいよい文章であればだけれども、精神安定の作用もあるかもしれない無心で書き写すことで落ちつくようなどうだろう瞑想とあわせてやってみるのもありか、音読で身のうちにことばをひびかせるというのもそうだがことばを扱うからとことばにばかり触れていてどうなるものでもない、限界ばかりが至近にうるさい上述したが全感覚をつかうすべての経験をつかうことでわたしのことばあなたのことばにひょっとしたらなりうる、これまで生きてきたすべてを、というやつ



『青騎士』森先生の『シャーリー・メディスン』良かった『乙嫁語り』数巻しか読んでいなかったし集めたい気持ちある

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