変化も成長も無い生活を繰りかえしていると.

雑記

他人の変化も成長も感じとりづらくなるというかこいつはこういうことをしていただからこういう人間だ昔こういうことがあったからこれはこういうことなんだって具合に過去にとらわれ現在の状態を見ない見る気もない変わってゆくものだという発想がないとかありうるよなってふと思ったんだけど学校出たらまともに学ばなくなるとかわりとあるじゃない、学ぶまでもなくどうにかなることしかやってないからそんなんなんだろうけどそんで最高の人生を送れるってんなら問題はないなんも、でも不平不満不安を抱えていながらこれまでの自分昨日の反復としての今日に縋ってろくに動きも考えもしないとかそうやって勝手に終わってゆくなら構わないけれどもそうしたくだらなさの渦中にありながらなにかしらやっている他人を安易に非難するならば攻撃的否定的断定的な態度をとるとするならば害悪でしかない、そもそも自分から見えたものの必ずしも事実であるとは限らず誤認とか歪みとかふつうにあることで結局のところ学習やコミュニケーションの役割としてそこの確認もあるわけだから思ったこと感じたことを言わないで糺さないで思いこむ決めつけるって在りかたは自分だけでなく関わる人間の首も締めかねない、嫌な世界はどんどん嫌な世界になるし嫌な人間はどこまでも嫌な人間になるしどうもこうもないあいつは気に入らないあいつがぜんぶ悪いわたしは悪くないみたいなところをずっとぐるぐるするとかおはなしにもならないし関わりたくもない一秒だってかかわりたくない俺は、そんな連中とは、こういうことのように思えるが実際はどうなのだろうこちらからはこう見えたしこう感じたのだが事実はどうなのだろうということを腹のさぐりあいでなくきちんときけるか話せるかって真っ当な関係を構築するうえでめちゃくちゃ重要だと思いますね、だから学ぶしだから変わるしだから話すしだから書くわっていう、そういうことの考えられる誰かとだけかかわっていたいですね

ハラヤス先生の『凍犬しらこ』いいなかわいい『青騎士』の話です、入江亜季先生『北北西に曇と往け』もちゃんと読んでおきたいし戸塚こだま先生『レシートキョンシー』も人間の人間さとかどろどろさとかあやうい感じがとてもよくつづきを読みたいと思ったあと顔がよい、まとり先生『玻璃ギヤマンの娘』も顔がよく顔がよい漫画は基本的によい漫画なのでこれなら次号も買おうと思ったいちおう書いておくがよいとかおもしろいとかいった感想つまらないとか退屈とかいったこともぜんぶわたしが勝手にそう感じているだけなので作品そのものがどうこうという話ではまったくない、誰がなにをどう好きになろうが嫌おうがそんなことはそいつの問題で結局のところそれがよいものであるかどうか自分にとってどうなのかをたしかめるには実際に手にとって読んでみるしかない触れてみるしかない、たいせつなのはきっかけ、とりあえずのぞくってこと、変化はそうしておとずれる

青騎士|note
2021年4月20日創刊の、あたらしい漫画誌。株式会社KADOKAWA・エンターブレインブランドより発行。この青騎士という漫画誌は、月刊ASUKA、電撃マオウ、ハルタ、3つの編集部から集まった有志による隔月刊漫画誌です。

Twitterにいたころだったかいつかは憶えていないが押井氏がこの動画のなかで「世界を作り出すってこと以上におもしろいことあるわけないじゃん」って言っててそうだよなって思ったみたいなことを書いた気がする、神とか創造主とかいった概念を採用するならまさしくそうしたものに自分自身がなるわけで、媒体の制限こそ受けるとはいえ基本的にはなんでもあり、想像力や知見技術技巧でどうとでもなるなりうる領域なわけでしてだからつくれよとにかくって思う、俺は俺自身と書かれるもの以外のために指一本だって動かすつもりはないのでそういう意味では閉じているし完結してしまっているしだからこそ書けるんだよねこれはという部分もあるんだけどそうじゃない開かれたものを誰かにむけてつくるのであれば開かれたものだからこそできうるとりうるかたちというものがあって、そうでなければつくれないものもあって要は自分がどうしたいか、世界のなかのどの位置にありたいか立っていたいかですね、で、たとえば小説を書くからじゃあ小説読んで文章のことだけ考えていればいいかというとぜんぜんそんなことはなく小説だ文章だってんで小説と文章について勉強して考えぬくのが第一段階でそこからひろがってゆく、ということを先日も書いたか? あらゆる分野のあらゆる情報とことばとを接続してしまえばよいしどうとでも取りこんで書きだしてしまえばよいと思う、うまくことばに置きかえる練習の話をしているのではない、書き手の世界がひろがるほどに書かれる世界もひろがりうるし教養の深まるほどに書かれるものの奥行きの感ぜられるようになりうるのだから言語表現がどうこうと狭くてじめじめした小屋に閉じこもるのでなくいろいろなつながりをつくってゆけばそのぶんおもしろくなるでしょう知らんけど、自然とそうなるのならそれがいちばんだけど意識しないとそうできないパターンも考えられる、みんなとおんなじみんなと一緒で似たりよったりの感想感情表現手法に終止してそんで問題ないならそんでもいいし嫌ならそうでないなにかに触れつづければよいしそうでなさに向かって振りきってしまえばよい結局これは誰のためのことばなんだよってことを誰よりも自分自身が考えていないといけないってことだろうね自分の作品である以上



がっかりするのは期待をするからで、だったらはじめから期待せずなにがどう転ぶにせよそれはそういうものだからそうなったのだと受けとめればよいだけで、これは諦めるとか悲観するとかそういう間の抜けた話ではなく事象事実と正面から向きあうという話であります、わたしが歪めば世界も歪む、そうでないものをそうと思いたがっていらぬ心配をする、いらだちもする、間違っているのは大抵わたしの方なのに、という事態を避けるためにそうしておるのです、おまえの人生がつまらんのはおまえがつまらん生きかたをしているからだよ、とかそういう話、俺がおもしろい人間になれば俺の人生もおもしろくなるという話です



俺の言う文体ってその人固有の呼吸とかリズムのさきにあるもののことであってこの作品はこういう内容だからこういう書きかたをしようとかいったたぐいの演出としての文章表現とはまったくちがう、後者はある程度どの程度かは知らんが意識的に文を書く人間ならそりゃいじくるでしょうたやすい領域の話なので読み手がどう感じるかどう受けとるかってところとも絡むしお手本だってあるかもしれない誰かの作品に感化されてとかなぞって身につく部分もある想像力とか技術でなんとかなりうるただ前者となると話は別でお手本なんか無いし自分自身と向きあうやりあうことでしか結ばれえないものなのでぜんぜんちがいます、ちがう世界の話です、後者の認識が主流だとしたらつまらん文の氾濫もうなずけるんだけど実際のところどうなのかってことは知らない自分のことばで呼吸で語るなんてなんでいちいちそんなめんどうなって思うだろうしそもそも思いもしないのかもしれないなにそれレヴェルの話なのかもしれないだからそのへんの目につく表現誰かの表現形容で済ませてしまえるんだしそれでも十二分にたのしめるおもしろくなったりする世間話とかちょっとなんか書くとか諸諸ここまで連ねてなんだけど心底どうでもいいな、俺だってブログの文章で文体なんか考えないわつくるうえで身についたものの軽くにじむくらいです、でも練習にも使えるのはたしかなので練習がてら自在に書いてみるのもよかろう退屈しなけりゃなんでもいいよ、俺は俺が選んだ退屈以外要らない

 これはしばしば誤解されるところなのだが、「わかりやすい文章」とは、「レベルを落として書かれた文章」を指すのではない。
 書き手自身が、わかっている。対象をわかったうえで、書いている。対象をとらえるレンズに、いっさいの曇りがない。「わかりやすい文章」とは、そうした「曇りのない文章」のことを指すのだ。
(中略)
 ぼくも、あなたも、まわりにいる大勢の人も、あきれるほど多くのことを知っている。たとえば第一次世界大戦。たとえば千利休。たとえばリオのカーニバル。あるいはエルビス・プレスリー。ぼくはどれも知っているし、あなたもきっと知っている。簡単な解説を添えて語ることだって、できるかもしれない。
 では、これらを「わかっている」と明言できる人が、どれだけいるだろうか。
 少なくとも、ぼくにはできない。それぞれについてぼくは、自分のあたまを使って考えたことがない。深く調べ、深く考え、そこから自分なりの結論を導き出したおぼえが一度もない。与えられた情報を無批判にインプットしただけ、つまりは「知っている」だけなのだ。知識としては知っていながら、わかっていないのだ。

古賀 史健著『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』p.123-124

特異であるとか特殊であるとか他で見ないものにぶちあたったにもかかわらずそれをおもしろく感じられなかったのなら安易に対象について云云するまえに自分自身の狭さ冥さを疑ったほうが懸命というかでないとそれがそのまま限界になりかねない、わからないとかつまらないとかたいしたことないとか切って捨てるのはかんたんでかんたんだからこそかんたんにできることではないすべきでもない、消費者として消費するだけなら問題ないでしょうだがつくるなら、生産するならそのような選択肢はまったくありえない

 憑依型のライティングなんてありえない。そして言葉尻を真似ることが文体の再現ではない。文体とはことばではなく、その人の人格を含めた「すべて」だ。それを取材のなかで読み解いていくのである。

古賀 史健著『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』p.138

おめでとうシャイニーすげえ身体、マジでいちばんかっこええ均整とれてるし

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