欲しい本は無限にあるが.

雑記

さしあたり次はこれを買うつもりでいる野間 秀樹著『言語存在論』読みたいのでしかし6,000円……いやよいのだがでかいしでかい本は好きだよこの場合でかくない本=文庫

以前にも書いたように感ぜられるが読書ってざあっと読んではい終わりってことをやっているとわりと不毛で読むことで自分のなにがどうなるのかどうしたいのかって観点が無いとほんとうにただ読んでそれで終わったりする、もちろん読むだけでよいことだってあるのだけれどもそれはいまは置いておくとしていつまでも安全地帯でクソ雑魚挙動をくりかえすとか現状維持を決めこんで結果老化衰退弱体化とかしょうもない結末が待っていがちなのは事実、純粋にたのしみのための読書であればなんも問題はない、のだけれどもなにかをどうしてもわかりたいとか自分のどこだかなんだかをどうにかしたいとかとにかく何かを変えたいって意識がある場合必然的に深くわけいることになる読みこんで受けとって落としこんでゆくような作業が求められてくる、精読し己に流しこみ鍛えあげることになる、だからぼくは基本速くは読まないんですよすでに知っていること重要でないことどうでもいいこと芸の無い文章に関しては高速で拾い読みにゆきますがそれ以外はそうではない、書きながら読む読みながら書くので遅いというのもあります、ノートをとって反芻し思考し過程を記すとか得た着想を書きつけるとかそうしたことをやっているとどうしても遅くなる、でもおもしろいのでそうしていますしそうすることでつくられたものつくりあげられてゆくものもあって要はよいとかわるいとかいった単純な話ではなく自分自身の在りかたにそぐう読みかた最適なやりかたをその時時で選びとってゆきたいものですねって話です



「あなたすごいね」って思われたければ他人の真似ばかりしてちゃ駄目なんですよくだらん話、わたしは誰がどう思おうがなにを言おうが関係なく俺はすごいし俺はやばい側の人間なので常時やばいんですけど他人〜〜〜〜〜〜〜でぐるぐるする者共はいろいろと学ぶ必要があると思いますやはりやり方とか物事の根幹本質的なあれこれとかでないとそもそも伝わらんしたいへんにすばらしいものをつくってるにもかかわらず認知されないとかいろいろとありうるのでこれはどうでもいいなぼくには



誰かの創作物に影響を受けるとかあるじゃないですかそうしてつくるものの変質するって当然起こりうることでその過程における産物を都度転がしながらあれこれやっているのよわたしたちは、ただ誰かのあるいは自分の創作物とか築きあげたものとかそういったものにばかり目を向けているとどこまでも人間でしかないというかつくるものの吐く語の人間フィルタを通して抽出した人間なんとかでしかなくちっさいし狭いしなんならつまらないですねの境地にどうしても達してしまうんですよね限界だなあってそうした瞬間がやってくるああ人間がしょうもないとは言っていませんよそれはいいとにかく俺はきた、どうしようもなくなってすべてぶち壊したくなる壁を取りはらいたくなる境界線ぜんぶ無かったことにしたくなるそもそも無いことにどうしようもなくしたくなる、というところから生まれたものだけかたちにしてゆきたくなる、人間らしきものについて人間のことばで書いているはずなんだけどそうじゃなくないですかこれってところで蠢きたくなる、でなきゃ書けねえってわたしになるいまなりつつあってそれがおもしろいなっておもしろいのはわたしだけなんですけどね



いつでも立ちもどるわたしというものを把持しつづける必要があるんじゃないなにかと自分とを結びつけて依ってどうにか立つとかでなく功績とか実績とか記憶とか記録とか過去にしがみついてどうにか保つのでもなくそうしたもの等のいちばん最後のさいはてのいまここにあるこの瞬間のわたしをすべての起点にそこから全部を捉えてゆく定めてゆく、でないといろんなものに振りまわされる世界がどうだろうが他人がどうあろうが関係なくありつづけたいわたし自身あなた自身をけっして捨ててはならないもちろん鍛えて強度を高めなきゃ高めつづけないとかんたんにゆらいじゃうんだけどそれはそれとして知るかボケってな精神は必須だと思っています実際うるせえからな大概がよ

ひとえに ひがん / LUMi

あれこれ読んでこれはよいとかおすすめとか書くんだけど知らないことを知ってゆくとかわかってゆく必要があるのでぼくにはだからそうしたものに触れるのだけれども『ゆきひらさぎり』の視座から捉えて価値のあるものってほとんど無かったりするんですよほとんどが要らない、極限にまで研ぎ澄まされた何か以外どうでもいいそんなもんです語そのものと語を用いたなんかやばいやつだけあればそれで完全です俺はもはや、だってそういう次元のもの、、、、、、、、、を書く理由が無いのだから志向していないのだからよくわからないどこかでよくわからないなにかをそればかりかたちにしたいだけなのだから、めちゃくちゃにたのしい



俺自身絵も音楽もものにならなかったんだけどそれは直近のYouTube動画で言ったとおり思いだしたようにちょっと描いたり思いついたようにかるく弾いたり時時おもしろがって勉強したりといった半端な付きあいに終始していたからで、なんにも無い人間でいるのが嫌程度の意識だとそもそも対象にそこまでの興味関心を抱けていなかったりするのね、気づきにくいんだけど、自分のものだと思いたいわたしはこれが好きなんだこれしかないんだと思いたいだけみたいな、無理やりなの、そんで結果厖大な時間を無駄にして、だめだぜ、なのでこれはちがうと感じたら行為自体がたのしみでないかぎりさっと切ってしまったほうが身のためだったりする、没頭もせず寸暇を惜しんで取りくみもせず葛藤も懊悩も愉楽もすべてがぶれぶれでただただ執着ばかり渦巻いてずるずると引きずりつづけるような状態ね、マジでだめ、ほんとうにおもしろいことにぶちあたるとずっとそれのことを考えるしすべてを結びつけるようになるのですわ自然とそうなる、そう、結局はそういうのが理想なのかもしれんくすぶっている人間にとっては



よい連載、第一回はわたしも買った『言葉の魂の哲学』著者古田徹也さんによる、第二回はやはりわたしも買った『ヴァレリー 芸術と身体の哲学』著者伊藤亜紗さんによる、以降の書き手の方方は寡聞にして……だがおもしろそうなのでこれから読みます

絶版本|かしわもち 柏書房のwebマガジン|note
連載『絶版本』に関する記事のまとめです。
なんのメッセージもない言葉|古田徹也さんが選ぶ「絶版本」|かしわもち 柏書房のwebマガジン|note
『吉岡実詩集』(現代詩文庫14、思潮社、1968年)  小学生の頃、読書感想文を書くのに難渋しているとき、ある先生からこう言われたことがある。「作品には必ずメッセージがある。それを見つけて書きなさい 」。  以来、この言葉が呪いのように自分に貼り付いていた。「小説や詩の文字をただ辿って終わるだけでは浅い読み方だ。そ...
わたしの思考のエンジン|伊藤亜紗さんが選ぶ「絶版本」|かしわもち 柏書房のwebマガジン|note
レム・コールハース、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト 編著 『プロジェクト・ジャパン メタボリズムは語る…』(平凡社、2012年)  大学院生時代、机に向かうとまずレム・コールハースを読む習慣があった。毎朝の朝礼のような感じで、適当に開いたページを数ページ読むのである。私の当時の研究テーマは19世紀末から20世紀前半...



異常論文掲載誌、月曜着とあって月曜の認識でいたところやっぱ今日の通知

100年前のパンデミックで犠牲となった画家エゴン・シーレ。その世界に浸る世界最大のオンラインデータベースをチェック
およそ100年前に発生したパンデミック、スペイン風邪。その犠牲となり、2018年に没後100年を迎えたのが、画家エゴン・シーレだ。その作品を総覧できるウェブサイト「egonsch…
東大教授・鉄野昌弘先生による「令和」の出典 『万葉集』梅花歌序の徹底解説!【万葉集】【令和】【梅花歌序】【スケザネ図書館】

 拒絶を恐れるな。すぐれたものをもつ人間はみな拒絶を通過してきた。作品がすぐに「歓迎」されなくても気にしないことだ。作品がすぐれているほど、あるいは個性的なほど、世間には受け入れられないものである。ただし、このことは覚えておいてほしい。絵を描く目的は、展覧会に出すことだけではない。作品が展覧会場に並ぶのは歓迎すべきことではあるが、絵を描くのは自分自身のためであって審査員のためではない。私は何年も拒絶されつづけた。
 大傑作をめざせ! よくできた風景画、、、、、、、、を描いたりするな。きみ自身が興味を引かれた風景をキャンバスに描きだせ──それを目にしたときの自分の快感を描くのだ。頭を使え。

ロバート・ヘンライ著 野中邦子訳『アート・スピリット』(国書刊行会)Kindle版

ヘンライ『アート・スピリット』が電書化ということで長く読めるサンプルが提供されている、ぼくもついさっきAmazonでダウンロードしてきたんだけど後押しされる感じがあるんじゃない人によっては、上の引用箇所も最後がよい「頭を使え」だぜ、紙で買うつもり

 芸術を学ぶ者は最初から巨匠であるべきだ。つまり、自分らしくあるという点で誰よりも抜きんでていなければならない。いま現在、自分らしさを保っていられれば、将来かならず巨匠になれるだろう。

 われわれを刺激する芸術作品は、ごまかしや不安を抱いた人間からは生まれない。芸術は、大きな喜びにあふれた楽観的な人間性のあらわれであり、その瞬間にこそ作品が生まれる。
 作品を作る前に、、偉大なことを考えるだけでは十分ではない。絵筆が画面に触れた瞬間、作品にとりくんだ時点での芸術家の状態がありのままに現れてしまう。そのような記号を捉えることができる人びとは、はっきりとそれを見てとり、意味を理解する。やがては芸術家自身もそれを読みとるだろう。自分自身が明らかになって、驚くかもしれない。
 見る者の興味を惹きつける芸術家は、自分自身にも興味をもつべきである。芸術家は強い感情をもち、深い省察ができなければいけない。
 深い省察ができ、自分自身と向きあえる人は、主題の表面だけを見るのではなく、真実を見抜くことができる。自然は目の前で本当の姿をあらわす。じっくりと眺め、ひしひしと感じながら、芸術家は絵を描く。その意図があろうとなかろうと、絵筆の運びの一つ一つが、その瞬間の記録になる。作品は、絵筆をふるう画家の状態をありありと映しているのだ。

ロバート・ヘンライ著 野中邦子訳『アート・スピリット』(国書刊行会)Kindle版

式場隆三郎『腦室反射鏡 図録』を注文、新潟市美術館で開催された展覧会『腦室反射鏡』の図録なのだがつくりこみすぎて終了後に販売となったとかなんとか、式場氏についてはいまのところよく知らない、しかし興味がわいたので買ってみた、新潟市美術館「ミュージアムショップ ルルル」での店頭販売他「ルルル オンラインショップ」でも手にはいる、俺は通販、送料込みで3,800円

式場隆三郎[腦室反射鏡]展 図録   | 新潟市美術館ミュージアムショップ ルルル powered by BASE
『式場隆三郎[腦室反射鏡]展図録』種々雑多な資料・情報の集積を整理し、かつ整理し過ぎずに、複雑多様な集合としてお伝えすることを目指しました。一瞬手を触れるのをためらってしまうような、過剰なほどの存在感、式場隆三郎というカオスをめぐる、カオスな一冊です。〔ブックデザイン〕西岡 勉〔体裁〕・A5版変形(縦215×150mm...

SFマガジン異常論文号の『無断と土』、眠いときに読むとそのまま気絶するやつだったのでよく覚めてからあらためて目を通す



思いたって『竟の尽に』をかるく読みかえしていたんだけどこれ元元百合のなんかに応募するってところから書きはじめたこともあって前半が問題だらけというか自分の書き手としてのありかたの定まる直前の作品なのでぶれたおしているの大事なところが余計なことを意識したためですええ、なのでKindle本に収録するとしたら書きなおす必要がある、なおせば心からたのしく読めるものになりそう俺が、後半は大丈夫ですね(大丈夫とは

【雑談】簡潔に話したければ事前に台本を書けばよいのだけれども書かずに喋った回【#31】

台本を書いてそのとおり読む、を繰りかえすことで書かずともそれなりに話せるようになるというの、わかるというかたぶんそうなる実際に

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