朗読の練習をはじめた.

雑記

『詩鯨』で試しているところで、ノイズの入りづらいときに収録するつもり、でなきゃ聞けたもんじゃないからな…

わああああああああああああ‼
猫だああああああ‼
可愛いぞおおおお‼

原作:ホークマン 作画:メカルーツ『ニャイト・オブ・ザ・リビングキャット』p170-171

ニャンデミックにニャポカリプス…これはぜんねこが読むべき

 父はオランダへ行ったことはなかったが、ずっと興味はもっていた。父にはオランダ人のペン・フレンド、フォールベルフのアリー・コイペルス氏──家ではみんなアリーおじさんと呼んでいた──がいて、先方が亡くなるまでふたりは長年エスペラントで文通していた。ふたりは写真館で撮った〈緑の星〉をつけた写真を交換していたが、このバッジはどこにいても共通の言語を求める同志のしるしだった。彼らは一度も対面する機会はなかった。けれども、わたしは今でもアリーおじさんの写真を目のまえに思い浮かべることができるし、おじさんから届いた絵葉書の数々も心の目に焼き付いている。「キンダーデイクの風車小屋」。「フォーレンダムの漁師」。「スヘーフェニンゲンの桟橋と海水浴場」。「キューケンホフ──花の楽園」。「マルケン──氷上のフォークダンス」。「アルクマールのチーズを運ぶ人びと」。「ヒートホールンの平底舟パント交通」。「オランダの娘」。「つねにひそむ海の危険」。定規で引いたような堤防の透視図法や、色とりどりのネクタイみたいなチューリップ畑の縞模様がとても気に入っていた。オランダは不思議な土地、お伽噺とぎばなしの国だった。

 こんどは石と水に思いをめぐらせてみる。モーンの石とモーンの水。水を仲立ちにしてオランダ低地へ運ばれ、鰊骨みたいな斜線模様や縄編み模様に組まれて、通りや広場に敷かれた、モーンの花崗岩の敷石。モーンの石切場の男たちが吹かしていたのはオランダ産のミアシャム・パイプ──ミアシャムとは海の浮きかす、あるいは石化した海の泡だと信じられていた。採石夫たちは石を泡に交換していたというわけだ。重力を拒絶するような青い堆積が突進し、そびえ、折れ曲がって頂上にたどりつき、ぎざぎざの空が見えるアイルランドの山のかけらで、オランダの町々の通りが舗装されているとおもうと、不思議な気がする。モーンの空とは対照的に、オランダの空ははてしなく広がっている。フェルメールの《デルフト眺望》では、早朝の空がカンヴァスの大半を占めている。その下に、織物の町がきらきら光っているが、その織り目は、りをかけたうえに空に浮かぶ雲でしたアメジストとトパーズの色合いをおびている。赤い煉瓦とタイルの壁に青いスレートの屋根が貴重な鉱物のように輝いている。突然の雨がちょうど大気を洗い終えたところで、家々の正面の微小なすきまやひびのあいだに残った雨粒がきらめいている。係留された幾艘かのボートからは光のうろこがしたたっている。鰊の色の水面が町と雲を映している。
 土砂降りの後、〈静かの谷サイレントヴァレー〉をとりまく数々の急斜面は雨水できらきら輝いている。山肌の裂け目を水が駆け下り、雲の切れ端が吹き飛ばされてゆく。滝のような流れのなかで、岩くずに混じったくすんだ石英の小石が光る。石たちがおしゃべりを交わし、震えあい、遠くから大昔の採石夫たちが花崗岩を切り出すカチン、チリンという槌音が聞こえてくるのは、あれは空耳か。敷石にする花崗岩。墓石になる花崗岩、ドルメンになった花崗岩、花崗岩の台座に、花崗岩のミサ岩──祭壇代わりの自然石。どこにでもある「ブローン」の花崗岩。ブローンというのは大麦を挽いて粉にするための臼石だったと信じられているが、今ではいたるところで聖泉としてあがめられていて、岩窪にたまった水はさまざまな御利益、とくにイボ平癒の力がある。荒れ地や教会の境内の伸び放題の草に埋もれたブローンたちは、まるで自分が切り取られたもとの岩までふたたび根を伸ばして、地下水脈の導管へと変成したように見えた。

キアラン・カーソン著 栩木 伸明訳『琥珀捕り』p.12-14

『琥珀捕り』、一読した印象が「情報」で、描写の様様にあらわれつづけて呑まれそうになる、ここちよい、これはよい

コメント

  1. わびねこ より:

    おおお!朗読ですか!
    新作も朗読も楽しみにしています!
    さぎりんは常に新しいですね。ぼくも少しずつ見習おうと思っています。
    いつもありがとうございます!ねこ!

  2. こちらこそありがとねこじゃい!
    朗読はずいぶん前から興味があったので、ようやくといった感じです。
    あたらしいことに取りくむとこれまでになかった楽しさがありますし、世界も広がります。
    わびねこもけいそつにてをだすとよいねこ!

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