これまでやってきたことの結果としての今がある.

雑記

なのでちがうと思った場合満たされない気に入らないという場合己のありかたやりかたを変えることになる、でないとずっとくりかえすからどうしようもない今日を昨日を明日もそうなる嫌じゃない?嫌じゃないならそのままでよい、ただたとえばわたしがYouTubeでしゃべってみたり漫画を描いてみたりしているのはそれで成功して現状を変えるとかそういった理由じゃなくそれがたのしいからで外界は関係無かったりする、もちろんやったことの副産物としての成果は諸諸あってだから発信もしているんだけどじゃあそのために動いているかというとそうじゃない、だってそこがメインになってしまうと自分にとってのいま最高の時間が濁りかねないのでわたしの性格上、他人がどうしているとか大抵はそうするとかそれが当然とか一般的とかそんなんどうでもよくて、既存のやりかたぜんぶが俺には合わないとかありうるしね、なので自分にそぐうやりかたというものを銘銘見つけるつくりだす必要があると思う、誰かにたのしんでいただく最高の時間を過ごしていただくことが至上のよろこびという方であれば問題ないそのために死力を尽くすのみですね、なにかをはじめるなにかをすすめるってそれ自体気持ちよかったりするじゃないなんとなく暮らしているとどうでもよいことに時間を費やしたりもやもやしちゃったりあれなんだったんだってこともありえてそういうの嫌だから、だったらこれと決めて消費してこれと決めて生産して虚無は虚無で間隙に受けながしてふがふが言って生きているのがよいねって、大きななにかを小分けで確実に進行させつつそれとはちがった独立した小規模なコンテンツを制作する、といった感じで、衝動に身を任せても大丈夫なゆとりを常に確保しておきたい、おもしろいかどうかはやればわかる、やってみなければほんとうにはわからない、やらないうちからこんなものなんて思うだけ無駄なうえ可能性とかあったかもしれないよい時間を潰しかねないので俺はそれはしないあとなんでもそうだけど瞬間瞬間自分をたしかめるようなぐっと来る感覚が無いならそれはそんなに重要じゃないので無理につづける必要はないし囚われるのもふもうねこ、しなきゃならないことならしなきゃならないが、とっとと片づけておもしろいことしようぜって思ってる

メトロミュー「めろめろグルーヴ」【Official Music Video】



俺は昔から二次創作がうまくできなくてなんなんだろうと思っていたのだが単純に他人がつくったものにそこまで興味が持てないだけなんだろうなっていう、そういう興味が持てない、、、、、、、、、、、、が正確か、めっちゃ好きでとにかく何かかたちにしたいという欲求もないし分析して学ぼうとか自分の作品に活かそうとか人気認知度に乗っかって自分を売ろうとかという欲求もない、だから自分のなかにあるなにか閉じこめておくことのむずかしいなにかとの付きあいかたのひとつとしての制作であり一次創作なんだろうなって、上述したけど同じようなこと、キーのひと押しとか線一本引く動作ひとつひとつが自分をたしかめる行為なわけじゃんこの時間一分一秒をたしかめて刻みつけているわけじゃない普段そんなこと考えてないんだけど結果的にそうなっていて、その自覚っていうのかな、これができるのってその瞬間自分自身しかいないんだよね、誰にも代わってもらいようがない、俺は創作学んでそんなかでやるとか枠内でやるとか線上でやるってことにある程度時間を費やしてもういいなって思ったのでいま自由にやってるんだけどそのへんで、いわゆる巧さとか評価とかずっと気になっちゃうそのせいでどうしても好きにやれないって場合は一度納得のゆくまで勉強に徹したほうがすっきりすると思う全力でやりきったほうがよいあーやったやったもう十分だわって気持ちになれたらあとはなんでもありだから、使うことも使わないこともできるしね技術とか知識とか、すごく楽になると思う、気になることはひとつずつ確実に潰してゆく、そうすると安定につながるかもしれん曖昧にしておいたほうがよいこともあればしないほうがよいこともあるんやろうな

 十七番地の奥の寝室では、白シャツにネクタイの男の子が、あれは絶対に女の子だよ、のどぼとけが出てなかったからね、間違いないよ、絶対に女の子だよと言い、みんなが彼のことを笑い、彼は部屋を見まわして、みんなと一緒に笑いだし、誰かに長い紙巻煙草を渡される。
 太いズボンの男の子は静かで、彼は横にいる女の子、細くはないけれども体の美しい、濃い茶色の巻毛が赤いベルベットのドレスの肩にかかった女の子を見ていて、彼は女の子の複雑な履きものの、紐とストラップとバックルとジッパーを見ていて、それから彼は目をあげて、女の子の顔を見て、ねえ、そのブーツ、脱ぐのにどれくらいかかる、と言う。唇がトウガラシの中の炎のように赤いその女の子は彼の顔を見て、ベッドの上にぴんと伸びた彼の体に目をやって、
 わからない、自分で脱いだことないから
 と言い、女の子は彼の吸いこむ息の鋭さに微笑み、彼の目が、自分の顔からちょろちょろと下りていき、その体の豊かな形態を転がりおちていくのを眺めている。
 そしてほかのみんなは、何かにとりつかれたみたいにしゃべりつづけていて、人の頭越しにしゃべっていて、その夜聴いた曲のことや見た人のこと、そしてこの次はどこへいこうとか、しゃべっている。白シャツにネクタイの男の子は、あれは絶対に女の子だったと言いつづけ、それから彼はパイプに鮮やかな緑の葉をいっぱいに詰め、すると部屋全体が期待して静まって、みんなの口数が減り、みんなそれぞれ、自分の頭はあまりにのぼせている、自分の体はあまりに緊張していると、突然感じはじめ、そして彼らは甘い煙を回して吸い、この煙の枕を灰の中に抱き、目を閉じて黙りこむ。
 そして彼らはつかのま、昼間の風景、たとえば丘の起伏とか、浜辺とか、サッカーのゲームとか、こんなときに考えるようになっていることを考え、そして彼らはゆっくりと呼吸して、つかのま、目を覚ましたままの一種の眠りへと入っていく。そしてもしこのときに窓から覗きこむ者がいたならば、つまり裏庭から入りこみ、顔を窓ガラスに押しつけて、両手を目のまわりに双眼鏡のように丸める者がいたならば、その人間の目には、部屋いっぱいに集まった人々が黙祷しているところと見え、その人間は、このような夜を徹しての祈りがいったい誰のために捧げられているのだろうと訝ったことだろう。

ジョン・マグレガー著 真野泰訳『奇跡も語る者がいなければ』p.25-26

『奇跡も語る者がいなければ』、読んでいるといま俺が生きてここにあってなんでもなく見えるものの一つひとつがもう二度とない奇跡みたいなものといった感覚になっておもしろい、芸術とかなんとかってものの役割として異化があげられることがあると思うのだけれどもたとえば朝起きてカーテンを開けるとかその瞬間を切りとった作品取りあげて描写した作品に触れることで行為そのものとか開けんとする心理だとかでもいまスマート化で自動に開くよう設定できるよねとか私自身は当然として私ではない何かへの意識までもが芽生えうる、何気なさとかかんたんにどっかいったりする、向かわせることに意味だか意義がある、まであるかもしれないね、なのでそうした意味で、いまこの時間を見るとか聞くとか感じるとかしている自分、見る聞く感じるの精度とか強度に結びつく作品なのかもしれない、生活における何気なさってわりと厄介で何気なく処理する領域が増えるほどに褪せるんだよ人生って、慣れとかなんとかあるじゃないおんなじことのくりかえしのまずさもそこにあって、やることやってる仕方ないこれでいい間違いはないって納得させたい気持ちはあるんだけど奥底で認められない認められなくなってくる飽きがくるうんざりしてしまうだからよくよく研ぎ澄ます必要見直す必要がどこかにあって、創作物はその助けになってくれたりするあるいは創作制作行為そのものが何気なさを払拭しうる、今日を振りかえって日記を書くとか考えたことを書きとめるとかも何気なさをどうにかするうえでは役立つのかもしれない、自分の日常特別でも奇跡でもないなんでもないと思えることをそうじゃなくできるのって結局自分なので

菅原圭 – シーサイド (Official Video)
君島大空「向こう髪」Official Music Video



俺はやばいしやばくてすごいがやばさもすごさも他者との比較のなかから掬いとることのできるものではない、そいつはおまえのかんちがいねこ、いやおまえというのがだれだか知らないがいまてきとうに思いついて書いたので、とにかく俺はたいへんにすごく、そしてとてつもなくやばい、俺しかゆけない場所にいる、ここには俺しかいられない、誰だろうがこられないところに一生ひとりでいる、競争なんかしない誰のためでもない俺は俺のためにやばく、そしてすごい、だから自在性というものが掴めつつあるのでしょう感覚で、時代も世界も知らない普遍ですらない古びないってのはそういうことだろう知らんけど普遍的でだから古びないってどうでもいいんだよねもはやそうだけどそうじゃねえなってどっかでおもってる、退屈だから、退屈だったらそれはどうでもいいし俺は俺に退屈したいと思わない、からまだ書かれない領域を見ている



はなたば、せぜとしらかみ

POLY – Midnight Bedroom (official music video)

ふとまに【太占】
 古代の占いの一種。鹿の肩甲骨を焼き、骨のひび割れの形によって吉凶を判断する。「天つ神のみこと以ちて、太占に卜うらなひて」

スーパー大辞林3.0

なぜ鹿なのだろうか、それも肩甲骨、国内二社で現在も行われている神事とのことだが公開はされていないらしい、割れ具合と吉凶の判断のどのように紐づけられるのか

5.26発売のトマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』を予約した、してしまったというべきか4,510円もするのだからしかしこれと『インディゴ』あわせて1年くらいなんも買わんでもいけそうな気がするなあでも買う



『短歌研究』の五月号、目を通し買わなくていいやつだった読めばよむほどうんざりするねこ、になった、つまらん、いや、ここにある作品からおもしろさやよさを感じとる能力が俺には無かった

 十七番地の奥の部屋では、目のまわりにラメの女の子が、身を横たえたまま目を覚ましていて、チューインガムをかみながら、眠った友だちを眺めている。自分はまだしばらく眠れないと彼女は知っていて、彼女の脳には粉状、タブレット状の各種の薬がたっぷり詰まっていて、ダンスフロアに立った彼女の脚の筋肉は、まだぴくぴくと痙攣している。ベッドの上の女の子ふたりの姿、ひとりがもうひとりを丸く包んで守っている様子に彼女は目をやって、ふたりの肩と胸とが、持ちあがってはまた沈み、ゆっくりと収まるべきところに収まっていくのを彼女は見まもって、背の低い女の子の、舌のピアスのことを彼女は思い出し、噂は本当かなと考える。ステレオはまだかかっていて、とても静かにかかっていて、小さな緑のランプの点々が、音楽に合わせてぷつぷつと、上がったり下がったりするのを彼女は眺め、歌い手がドゥーワー・ドゥーワー、アイ・ラヴ・ユー・ソウ、ウーワーとやっているのに彼女は聴きいる。彼女は白シャツの男の子のずっしりとした腕の重みを胸の上に感じ、彼女は頭を浮かせてその腕にキスをする。音楽はドゥーワー・ドゥーワー、アイ・ラヴ・ユー・ソウとやっていて、彼女は自分たちふたりのことを考える。ふたりはまだそのことについて話しておらず、ここを出たらどうしようか、一緒にくる? ふたりでなんとかやってみようよ、とは言っておらず、ということは、自分たちはすぐ、あっさりふわふわ離れていって、ほかの人たちの生活の中へ、これと似たような部屋の中の、ほかの人たちの腕の中へ入っていくということだと彼女は知っている。それでも悲しくないことに彼女は驚いている。音楽に彼女は聴きいって、みんなが眠りに落ちたとき、または部屋を出ていったとき、落としたいろいろなものを彼女は見まわして、男の子の腕に彼女はもう一度キスをして、一種の甘い郷愁だけを彼女は感じる。まだ過去になってもいないのに、郷愁を覚えるなんてことがあるのかなと彼女は思い、ひょっとしてわたしの語彙がすくなすぎるのかな、それとも化学物質の摂取の過多が、わたしの語彙を蝕んだのかなと彼女は思い、音楽はドゥーワー・ドゥーワーとやっている。

ジョン・マグレガー著 真野泰訳『奇跡も語る者がいなければ』p.42-43

『奇跡も語る者がいなければ』はよい、とてもよい、読むのがたのしい



わたしはわたしの考えていることがいまいちわからいないのでここに書きだして都度なるねこになるんだけど書きながら書きおえてちがうなってこともたくさんある、そういうものなのだろう、でも揺るがないものもなかにはあって、現時点では、なのだけれどもそうしたものもある



太刀川英輔『進化思考』を読んでいたらマイルス・デイヴィスの

 ビバップの本質は変化であり、進展だ。じっと動かず、安全にしているのとは違う。創造しつづけようという人間には、変化しかあり得ない。

という文言があり、うむねこになるなどした

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