表現手段を複数持つ.

雑記

ひとつに絞って特化するのももちろんよいのだけれども興味のままに手をだしてゆくのもよいと思う、日常起きるそれぞれ、事象に最適なかたちで出力することで質が向上しうるとか思ったこと考えたこと感じたこと見たこと聞いたことのこの手段じゃないとうまく伝わらないよねとか逆手に取って誰もやらないやり方でやってもよいねとか様様ありうるし単純にたのしいのじゃないあれこれ試みるのって、わたしはここでは文章、あと絵とか漫画、朗読に雑談をやっているわけだが他にもなんでもはじめてよいわけで、たとえば今日道に咲いていた花についてならば写真を撮るとか描いてみるとかミニチュアをつくってみるとかペーパークラフトで再現してみるとかしてもよいわけで、そんなもんは好きにしてしまってかまわないのだから好きにするよなあと

【雑談】やりたいことならやっておけと言っている【#33】
ZUTOMAYO -『お勉強しといてよ』・STUDY ME (Lone Alpha Remix)



何者かでありたいとかありたさみたいなものって結構あやうくて、うまくいっているなら問題ないのよなにもだってうまくいっているんだからありたい通りにあれているのだからなにも構わない、が、そうでないとき、ありたい私であれていないとき、なりたいわたしになれていない時間に受けるダメージというかストレスが人によっては大きくて、固執するほどに傷が深く広がってゆきかねない、上述した複数の表現手段の獲得もそうだけど、そうじゃなくてもできることとかそうじゃなくてもよい自分だとかゆるさなのかしなやかさなのかはわからんけれどもとにかくそういった状態状況をつくったりダメージやストレスをそのまま作品にまで昇華したりやりようはあるのかもしれないでなければうまくはつきあえない長くつづくほどにうんざりねこになってくる、積もったものの、ぶあっと出てくるとなにもかもが嫌、なんもかんも駄目、もありうるのでこれは過去にも書いたがどんなにちいさな規模であってもかたちにしてゆく、ささいであってもささやかであっても私のうちに蓄積されつつあるものの外界にぶん投げるということをやっておいた方がよいのかもしれない



最近よくホットサンドメーカーでやきねこになっておるんやがなんともいえんたのしさがある、それはそれとしてふと気になったためホットサンドメーカーの起源を検索したら『バウルー』という名の商品が見つかり、その『バウルー』はブラジル・サンパウロ州バウルー村出身の青年が元となる器具を使っていたことから広まったという情報にぶちあたった、70年代、器具を日本に持ち帰った旅行者が販売にこぎつけたそうな、Amazonでも売っています

バウルーの歴史 | バウルー ホットサンドカフェ
ブラジルからBoa tarde! バウルー。この不思議な響きの調理器具が日本で発売され約40年。その道のりについて、製造元の田巻金属株式会社、発売元のイタリア商事株式会社にお話をうかがいました。



生きるなかで自己の定まる感覚というか自分らしきものへの疑いの無さみたいなもの、無い状態へとゆきついてそのまま人生をつづけるといったこともあるやもしれんのだがぼくはそれは極力避けるようにしていて、昔から、ここしばらくくりかえしているが限定してしまうことでそれ以外、、、、に苦痛を感じるようになりうる、だからこそたのしいってそう思えるのならばともかくそうでないとしんどさにからめとられかねない人によってはそいつは実際あんまりで、結局のところ世界とかなんとかってものを知れば知るほどいまいるここの外、いまある自分の外が無数に見えてくるしいまある自分の見え方だって変化する選択肢の無限に増してゆく、あとは選びとるだけ、といった地点にたつことができる、かもしれないわけで、分岐点わかれ道にいつでも私は立っていて昨日とは異なる私を歩くことができるそうして適応可能な状況領域をひろげてゆくことができる、のがよいなってだから自然とそのようになっていったのだけれどもだからこそ自身のありようのそのときどきにいくつも考えられるしままならないことをそのまま嫌だと思わないでいられている、俺はそもそも前もうしろも向く気はない全方位型であることであっちじゃなきゃ駄目だ通れないけどそうありたくてでもあれなくて辛いみたいなことにならないでいられている

ウォルピスカーター×Orangestar『オーバーシーズ・ハイウェイ』MV



やらなくてもいいけどたのしいことだけやっていたいって思うじゃないですか、いや思うんですよわたしはだからそちらを向いているわけなんですが最近目にするFIREみたいな状態でしょうか、とにかくそうありたい、あるためにはやはりみずから歩いてゆくしかないわけで、だとすれば漫然と生活していてはいられないくだらなさに苛まれるばかりです冗談じゃないでしょう、ただその冗談じゃなさは背中を押してくれるものでもあって、だってもう十分しょうもない思いをしたんじゃないの、しました、なのでもういいよねっていう、現実逃避はかんたんでぼくでもいくらでもできるんだけどそれじゃ死ぬまでなんにもよくなんないので嫌、いやすぎ、だからやるべきことを片づけてゆく、ことになる、ぼんやり生きていたところで相当運がよいとかでないかぎり大事な知識は得られないし知らないわからない以上選択のしようがそもそもない、実際ぼくだって誰にもなんにも教わらなかったこれ絶対あったほうがいいなって情報ひとつもどこにも転がっていないなかどうしようもない人間に囲まれてわけのわからない少年期を送った、なんだったんだって思う、思えて、思えたからこそ離れてゆけた、自分のありたい自分をつくるとか、そうした地味かつ地道なつみかさねのさきにたのしさのじわじわと増す今日がありうるのだと思う



わたしが使っているホットサンドメーカー小型で軽くて分離もできるんだけど開く途中でとまらないので180度開ききることになる、とまるものもあったような気がするがいまはこれでよいかという気持ちでいる、入手してからものすごく久しぶりにたぶん数年ぶりにお惣菜の揚げ物なんかを買って加熱して食べてみたりしてやはりよい、これはよい……となりました、なると思うのでみんなもみんなって誰か知らんけどちょっと試してみるとよいのでは、特に安価なものだと2000いくらか円で手にはいるし品質についてはわからんけど



DOUTORのインスタントコーヒーを買ってきたんだが深みとコクが云云と書いてあるやつ、なんとなく深みとコクがあるようなないような感じで結局どっちやねんなんやけどどっちなのだろうか結局、所詮はインスタントなのか、ものすごくきちんと淹れるということをやったことがないし外で飲むことも無いのであんまりわかっていないはずなんですよそのへんいずれわかるのかもしれないしわかりにいってもいいように思う、これはどうでもよいことなんだがインスタントDOUTORコーヒーの粉の粒粒感というかひとつひとつの分離した感じ、人によってはぞわっとなりそうだなって思ったなんとなく



新しく買った本にちらしが挟まれていたりするじゃないその出版社の同時期の出版物がばあっと並べて書かれているあれを見てじゃあこれもって買ったこと一度もない、特に気にしたこともないけど文章のみでの紹介が多い印象ふーんで終わっちゃうんだよななんか、たまたま興味をひくものが無かっただけかもしれないしそもそもあの領域で購買欲を刺激すること自体困難であるのかもしれない

ARForest – The Last Page

 いま座っている椅子を椅子でしかないと思い込んでいる人にとって、椅子はいつまでも変化しないままだ。たとえば椅子を楽器だと思える人だけが、新しい発明を成し遂げる。
 実際に十九世紀にアフリカから中南米に渡った黒人たちは、船のなかで積荷の箱に座っていたときに、それをたたいてドラムにしようとひらめいた。そこから椅子と楽器を「融合」した箱型のカホンという楽器が生まれた。

太刀川英輔著『進化思考』p.87-88

たたいてドラムに、はわかるがそのまま楽器として定着するとか広まるまでゆくのがおもしろいなって、ただ事情があってそうなったものでもあるのでなん

ともいえん気持ちにはなる

カホン - Wikipedia



とにかく数をこなすとにかくたくさんつくるたくさんかたちにするなかで偶発的特異性の発現の確率があがってゆくといった話があって比例して、たしかにそうかもしれない、わたしの言葉の接続も一般的である場合とそうでない場合のまじりあってあって総じて直感感覚による配置なのだけれどもだからこそ生まれるつらなりというものが存在するのではないか、こんなのはだめこれはこうじゃないと理解されない伝わらないどうにもならない気持ちが悪いだから直そう整えようといった矯正是正によってあたりさわりのないなんらかに堕する可能性はいつでもある、そうしたしょうもなさからいかに作品を守るか自分自身のしょうもなさと対峙できるかがある種の創造創作には重要なのかもしれん

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