わらってしまった.

雑記

SOUL’d OUT知らない人でもわらいそう




クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』ほか注文していた本が届いた、いまは機種変更したiPhoneのアップデート中、新しいiPhoneへの移行は完了し、以前と変わらぬ使用感を得ている、これでよいいまは



最近言葉を拾ってなにか書くということをやってみているのだがそれなりにたのしい、書いてみてわかったのだけれどもわたしは語そのものに対して思うところがそれほど、というかほとんど無いように感ずる、感覚的に扱うにしても限度があるのではないでしょうか知らんけど



月ごとの購入本を記事にまとめることにした、都度追加するつもりだが買わないときはほんとうに買わないので増えない場合「ああお金が無いんだな」とでも思っておいてください、いまのところ著者名と書名、Amazonへのリンクだけ置いている、他にもなにか書くか…?



スケザネさんの動画を観ていたら欲しくなって『江戸漢詩選』の上下を買ってしまった、どうしようもなかった

 クモにデヴィッド・ボウイの(あるいは植物にジェーン・コールデンの)名前をつけること──それによって名前が物語を伝えること──を可能にしたのは、一八世紀の優れたスウェーデン人博物学者、カール・リンネである。リンネ以前、動物や植物の種は特徴を説明したものが学名になっていた。名前はラテン語のフレーズ(時には非常に長いもの)で、その種の特性を述べて類似の種と区別しており、それ以上の意味はなかった。リンネの「二名法」はいくつか重要な点で従来のものとは違っていた。最も特徴的なのは、それがシンプルで、地球の生物多様性に関する知識の体系化を容易にしていることだ。一つ一つの種には一語の名前があり、近縁種の集合である「属」を示す一語と組み合わされる。たとえばアメリカハナノキ Acer rubrum[アケール・ルブルム]の“rubrum”は、カエデ Acer 属の一三〇種ほどの現生するカエデの中の一つを指す。だが、リンネの二名法に関してあまり広く理解されていない画期的な点は、名前を特徴の描写から切り離したことだ。リンネ式の名前──そしてリンネ以後のあらゆる学名、あるいは[ラテン語]名──は索引づけのための仕組みである。特徴を示すこともある(アケール・ルブルム、「赤いカエデ」)が、示されなくてもよい(シナカエデ Acer davidii[アケール・ダウィディイ]、「ダヴィド師のカエデ」)。
 リンネが特徴を描写しない命名法を考案したのは取るに足りないことに思えるかもしれないが、このおかげで過去にはできなかったことが可能になった。種の命名によって、科学者は自分の思いを表現できるのだ。人にちなんだラテン語名で誰かの栄誉を称えることで、科学者はその称えられる人物についての物語を伝えられる。だが同時に、その科学者は自分自身についての物語も伝えている。リンネが二名法を発明したため、名前──とりわけ人にちなんだ献名──は科学者の個性を垣間見せる窓になったのである。

スティーヴン・B・ハード著 上京 恵訳『学名の秘密 生き物はどのように名付けられるか』p.6-7
https://sagiri-yukihira-translation-proj.tumblr.com/post/653486234011893760/blossom-doll
https://sagiri-yukihira-translation-proj.tumblr.com/post/653486240606388224/blossom-doll-2

鷦鷯飛蝗さんと井澤文明a.k.a.猫ラーメンさんによる『花雛』英訳版『Blossom Doll』がTumblrにて公開されております、感慨深い



各種音楽配信サイトへのリンクを載せられるSonglink/Odesliというサービス、便利なのだがYouTubeのリンクがバグっていることが多多あり一つひとつ修正しなくてはならない、が、時間の無駄なので今回かぎりという感じ、YouTubeにある楽曲のなかにはYouTubeMusicだかに登録していないと再生できないものもあるのでそこも不便ね、仕方ないんだけど、というわけで今後はYouTubeへのリンクだけ載せてゆきます



先日届いた雑誌『MONKEY vol.24』、冒頭にボルヘスの『Everything and Nothing』が掲載されているのだが、よい、非常に短いのだがよかった

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