まとめる意味があるかどうかは問題じゃない.

やってみたいかどうかが問題なのだ
というわけで6月の記事をひとつにまとめるなどした


月毎にアーカイヴもできるんだけど、カテゴリと見出しをくっつけてすぐ飛べるようにしたほうが便利だし気持ちいいので

今回はデジタル

問題を見極めるところからすべてがはじまるわけだけれども

たとえば解消したい状態がある場合、その原因を確かめたうえで取りうる対策を講じることになる
なんとなくとか常識や慣例に基づいてとか過去の類似する経験に結びつけてとか、よく調べないまま考えないまま行動に移ると効果のない手段に時間やお金を費やしてしまったりかえって深刻化する可能性があるので


他人に適した方法がそのまま流用できるともかぎらないし、いつかに通じたやりかたがいつまでも通ずるかというとそうでもなかったりする
時代の違い、人の違い、物の違い、ほんのわずかな差異がまったく違った結果を導出することも十分ありうる


だからこそ、いま目のまえにある問題がなんなのかをできるかぎりはっきり掴んでおく必要がある

才能を完全解放するには自己に内在する他者の目を排除しなくてはならなかったりする

他人がどう思うかどう感じるか評価されるかされないのか何を言われるかどうなんですかといった意識がのぼることで自在性の損なわれうるので


健康に制作するには僕のように自に振りきるか、あるいは他に振りきるか、それでなければ自他の比率を考え調整し均衡を保ちつづけることが重要で、割りきりというか、これがいい、ときちんと決めて動く必要がある
でないとずっとぶれることになる
それが、おそらくいちばんつかれる


あと自分の性質にあった姿勢を選択しないと違和の肥大化してすり減るしすり切れるしなにともつかない判然としない気分や状況環境に流されつづけてしんどいということにもなりうる
いまは既存のルートに沿わずとも自ら道を切りひらくためのツールが多数あるのだから、いくらでも活用して特異点にでもなんにでもなればよい

思うように生きればいいんじゃないって思うし思うように生きるために必要なものだけ手に入れてあとはどうでもいいって態度でいいんじゃないって思った

どうでもいいものとどうでもよくないものとの区別をつけるのは大切で、そこを曖昧にしているといくらでも時間や気力や体力を奪われてゆく


人づきあいなんか特にそうで、僕はいわゆる友達は要らないんだよね
というよりは友達ごっこが要らないんだけど、ほら、馴れあいとか腹のさぐりあいとか機嫌取りとかなにもかもくだらないじゃないですか


だから実際ぜんぶ捨てちゃったし、そのおかげでいまは最高に快適だったりする
もっとはやくこうしておけばよかったって思ったもん


ほんとうに、邪魔が入らないってすばらしいことなんですよ
干渉されて嫌な気持ちになることがないってのは


孤独とかなんとかって気にするひともいますけど、自分の仕事に集中する以上におもしろいことを僕は知らないので、なにをするにしてもね、なのでひとりでいる時間は死ぬ気でひとりをやっています

不安や心配は未来への準備とかそんなような話を聞いてたしかに、となった

不安や心配自体は悪いものではなく、未来に備えるきっかけになるもので、たとえば練習してみたり勉強してみたり手を変え品を変え試みてみたり、最悪を避けるための行動につながってゆくものである、と


しかし、不安を不安のまま、心配を心配のまま考えこんでしまったり、目を逸らしてまぎらわせようとしたり…なにもしないでいるとまずいことになる可能性がある、と

アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』を注文した

エストニアの作家だそうな
名前しか知らない国だが
明日届く予定

蛇の言葉を話した男 :アンドルス・キヴィラフク,関口 涼子|河出書房新社
蛇の言葉を話した男 これがどんな本かって? トールキン、ベケット、M.トウェイン、宮崎駿が世界の終わりに一緒に酒を呑みながら最後の焚き火を囲んで語ってる、そんな話さ。エストニア発壮大なファンタジー。

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