タオルの感触について考えていた.

雑記

俺はごわごわしてるのがいい
すべすべとかさらさらとかふわふわとかさわり心地のなめらかなものもすてきだとは思うのだけれども俺はごわごわしているのがいい


全体に、俺はごわついたものが好きなのかもしれないと思った、かえりみて

理想の場は自ら形成するしかないのかもしれない

既存のコミュニティに参加することですべてが満たされるというのであればそれでよいだろうが、なかなか思うようにはならんものなのかもしれない


しかしだからといって数多あるサービスを渡り歩くのも不毛な感じがする
いっそのこと世界をつくってしまったほうが早いのではないか


気のおけない仲間同士なら調和もとれるだろうし、銘銘にとってよい環境となりうるはずだ
ということを考えましたが考えただけでつくる予定はありません

自分の世界のひろさって.

生き方で決まるものじゃないですか
新しい経験をしたり知らないことを知ったり、そのたびにほんのすこしずつ見える景色が変わってゆく


ものすごく地味だし地道だけれども踏みとどまりさえしなければわたしという存在は一秒一秒更新されてゆくもので、そうして気づけばどこかにたどりついていたりするものだったりする


だからいま何をどうするか、何が大事で何が大事じゃないのかって判断がとても重要になるんだけど、ネットって手軽に覗きこむことができるしそのぶん他者で犇めいてたいへんににぎやかな領域じゃない


手の届く範囲の人間関係以上にかまけて自分自身から目をそらすことができてしまうのね
それが厄介で


たとえば他人の言動に突っかかったり批判するのも、どうせだったらそのへんの誰かがやっているように行為自体をアピールに使えば価値へと変換できるだろうのけれども、結束を強めたり共感させたりってことが言葉を可能なので、群れるのに都合がいいし強い表現は


ただそうでないとほんとうに逃避にしかなりえなかったりもしますから、やはり線引きは必要だと感じています
実際思っている以上になんにも手に入らないしなにも残らなかったりするんですよ


そしてその手の実はなんにもなっていなかった現実ってものが歳をかさねるなか確実に存在感を増してゆくので
しかもそういう状況、、、、、、にならないとほんとうにはわからなかったりするものでもあるので自分が手放してきたものの価値って、主に時間なんですけどあと体力とか気力とか集中力とか頭の働きとか諸諸


覚悟あります私はわかっていまを無駄に過ごしてますってたとえ全力で思えたとしても、案外信用ならないものですよ自分って
後悔するんですよ


もっと別の生き方があったのでは、とか、あのときこうしていればちがった人生になっていたのでは、とか、あのままつづけていれば、あれをはじめていれば、もっと勉強していれば…なんて感じで


なので歩みを進めて世界をひろげ、ゆとりができたらそんときはじめて特に近しいわけでもない他人を気にかけてみればいいんじゃないって思いますね、俺は


あとどうでもいいことに時間を使いすぎているとそれを嫌う人間が離れてゆきます
どうでもいいことに時間を使いすぎていると判断されると、か


人間関係とかわりとかんたんに潰れるので、そこも踏まえて生きたいところですね

正しさって強く握りこむほどに.

身を滅ぼしてゆく感じがするんですけど
なので自分がどうなってもいいって人以外ぶん投げちゃうかつまんでぶらぶらさせとくくらいでいいんじゃないですかね

コメント

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