個性を引きだす言葉の選びかた.

雑記
  • とにかく言葉に触れる
  • 刺さった表現のみ反芻する
  • 使いたい言葉だけを使う
  • 無ければ自分でつくる



結局のところこのくりかえしという感じがする


僕などはしばしば「使ってもいいと思える言葉」や「ぼんやりと違和のある言葉」「感じ、、で選んだ言葉」も拾いあげ、まじえてしまうのだが、基本的には厳選というか精選というか、なんらかのフィルタを通過し意識の正面、、にのぼったものだけを配すようにしている


自分が退屈する表現、お手本通りであるとか型を利用した表現はそもそも浮かんでこない
とはいえ記したもののありきたりであるとかありふれた並びであると自覚されることのまるで無いわけでもない


そうした際には「ここはこうでなければならないという感じ」「動かしようが無いという感覚」を探してみる
見つかれば残し、でなければ削除する


破綻するのは無理やり書こうとしているときくらいのものだろうか
そうした兆しが見られたら、即座に中断している


読みかえしてみて「…」となることもあるが、書きつづけるかぎり我我は途上、、なのだ
改稿もそこそこに、新たな地平をのぞみたい

わたしが見るのは言葉であって作家ではない.

例外があるとすれば、わたし自身と「わたしがそれと認識する天才」くらいのものである
あくまでも語が主
書き手への興味関心が持続することはほぼ無い

天才作家になる方法?

強硬さを放擲するところからはじめればいいんじゃないって思うけど、どうなんだろうね


僕が仮に自分の文章に飽き飽きしていたとして、じゃあどうにかしようと考えたならば、自分が依拠する「○○であるべき」的な思考を捨ててゆくところからはじめると思う


文法だとか語義だとか伝わらなければならないだとかわかりやすく書かねばならないだとか読まれなくてはならないだとか評価されなくては認められなくては売れなくてはだとか、平凡、、にやってゆくための道筋っていくらでも用意されていると思うんだけど、そうした枷を一つずつ確実に外してゆく


ただ、何でも捨てればよいわけではなく、理想や書きたい何かの邪魔になる要素だけを排除してゆくということで(理想という名の執着や書きたさもまた鎖となりうるのだが)、必要なものまで手放してはならない


そうして様様ぶん投げたうえで己の感性をのみ恃むとおもしろいことになる
正解らしきものが自分のなかにしかないので


他人の尺度が使えないぶんわからなさの度合いが極大化すると思うんだけど、そうしたわからなさこそが執筆における一瞬一瞬とひらめきの質を変えてくれるので、単純にたのしいと思う

iZotope『RX 8 Standard』を手に入れた

夏のセールで安くなっていたので
これでもうリップノイズに煩わされることはない

ねこのワインが売っていた

たまたま立ち寄ったお店に並んでいたのだがちょっとお高かった
ひょっとしたら買うかもしれない
次か、その次にでも


ちなみにAmazonで「ワイン 猫」で検索するとねこラベルのワインがそこそこ存在することがわかる
そのまま『neco』という名のワインまである
ねこ好きの仕業にちがいない
えらいと思う

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