群れのなかで上手くやるには彼らの尺度に合わせる必要がある.

雑記

基準とかなんとかいったもののいくつかを満たすことで居てもよい状態をつくりだせるので
ただ、そもそもそれが嫌、もよくある話で、だったら自分で勝手にやればということになる


人間関係やお金について学ぶのって結局のところ好きなことだけやっていたいとかしょうもない人間と関わりたくないとかいった理想を実現するためなのよね僕の場合


おもしろくもないどうでもいいこと退屈な連中のために私を浪費してしまわないために、じゃあなんとかしないと、で勉強している


そういうのって学校で習わないじゃない
例外もあるんだろうけど、僕の場合は教育機関もそうだし身内も誰も何も言わなかった


与えられた仕事をこなすなり他人のいうことをきくなりしていればどうにかなる生活しかしていない人間ばかりだったからわからなくもない


でも最悪だったから
あいつらみたくなりたくないって今でも思っている
一生関わりたくないね


実際、ものすごく大切なことなのになぜか教えない教われない環境ってあって
明らかに狂ってるんですけど何故かあたりまえのように存在してるんですよね


実際そのせいで偏見がありましたし
金銭とか関係構築とか諸諸に対して、かつての俺のなかにも


いやなんなん?って話で
受ける教育とか成育環境とか、賢いわけでもない誰かの思惑に左右されて人生めちゃくちゃとかあたりまえにあるの、やっぱり気に入らんよ


それでいいわけないし、とっとと抜けだしたほうがまだまともな人生になると思います
それはそれでたいへんかもしれんが

『人生は20代で決まる』って酷いタイトルだけどわからなくもないしそのほうが売れるんやろうな.

必要ではなく興味から買ったのだがおもしろい.
邦題はともかくとして、生き方についての迷いや悩み、もやもやを抱える人間は手にとっておいて損はないのでは.

「自分の人生は自分しだいだ」という言葉には、一種の怖さがあります。魔法などない、ただ待っていることは許されない、あなたを本当に助けられるものなどだれもいない、そして自分で何かをしなければならない、と理解するのは怖いことでしょう。人生で何をしたいか、あるいは少なくとも次に何をするかがわからないでいるのは、その恐怖に対する一つの防御です。可能性は無限にあるということを認めたくないのです。いまは問題ではないというふりをしているにすぎません。選択に迷っているのは、他人任せにして人生を生きる道があるかもしれないと希望することと同じです。
 アイアンは主体的に生きるよりも、誰かがやってきて彼を選び、前もって決められた方向に連れ去ってくれることを期待していました。これはよくあることです。おそらくアイアンは仲間か恋人と、人生の乗り物にひょいと飛び乗りたいのでしょう。これまでも、彼はしばらくそうやって過ごし、そのせいで回り道の時間が少し長くなってしまっていました。でも迂回の結果がどうなるか、わたしは痛いほど知っています。ある日、目が覚めると、陸地から遠く離れたところにいて、自分の資質とまったく無関係の仕事に就いているか、まったく無関係の場所に住んでいるかもしれません。その時になって初めて、自分のしたいことがわかっても、もうそこからはるかに隔たった世界にいるかもしれないのです。

メグ・ジェイ著 小西 敦子訳『人生は20代で決まる TEDの名スピーカーが贈る「仕事・結婚・将来設計」講義』Kindle版

 実際の選択肢を考えることによって、アイアンは、精神分析家のクリストファー・ボラスが「無意識の知」と呼ぶものの二〇代版に突き当たりました。無意識の知とは、わたしたちが、自分自身について知っていても、ふだん忘れている事柄のことです。見失った夢であったり、わたしたちが感じはしても言葉にしない真実を指します。わたしたちは無意識の知について、他人に対しては認めようとはしません。他人がどう感じるかと思うと、怖いのです。さらに言えば、無意識の知が自分自身と自分の人生に対してどんな意味を持つかと考えると、怖くてたまらないのです。気づかないふりをするのはそのせいです。一種の自己防衛なのです。
 したがって、何をするべきかアイアンがわからないふりをするのは、やっかいだと言えます。選択することで現実に、、、不確実な事が起きると、彼は内心知っているのでしょう。不確実さを恐れれば恐れるほど、何かを望んではいても、どうやって、、、、、手に入れるかわからないという悪循環におちいります。たとえ確かなものなどなくても、なにかに向かって働きかけることが重要なのです。選択をした結果、ハードワークや失敗や失恋を経験するかもしれません。だとしたら、知らないでいることや選ばずにいること、何もしないことのほうが、楽に感じられるのでしょうか。
 いいえ、そうではありません。

メグ・ジェイ著 小西 敦子訳『人生は20代で決まる TEDの名スピーカーが贈る「仕事・結婚・将来設計」講義』Kindle版

 アイアンは、ずるいというか、よく言えば消極的に栄光を追求していました。彼は〈べき〉の専制よりもむしろ〈べきでない〉の専制に支配されていたのです。人生でAを取ろうという気概もなく、少なくとも何かの分野で、自分の可能性を知る必要性も感じていませんでした。ただ「ふつう」が嫌だったのです。アイアンの栄光の追求は、非凡であることに惹かれていたに過ぎず、若者共通の症状である「前にだれかがやったことはしたくない」病を表していたのです。もし仕事のために何かを選ぶなら、古くて新味に欠ける、ありふれたことは願い下げだ、つまり自分の人生は特別なものにできるとアイアンは思っていました。
 彼の言い分にはうなずける面もあります。
 他者と明確に区別できることはアイデンティティの基本です。わたしたちは自分と他者の境界をはっきりさせることによって個性を発展させます。まわりの人と違うからこそわたしという人間なのです。わたしとまったく同じ人生を歩む者、歩める者はいません。差異はわたしたちの個性です。人と違うことが人生に意味をもたらします。
 しかし「差異」はシンプルです。黒を説明するいちばんやさしい方法は、白と反対の色、と言えばいいのです。わたしたちが自分について最初に知るのは、自分はこれこれである、、ではなく、これこれでない、、による場合が少なくありません。これではない、あれではないとしてわたしたちは自分を特徴づけます。自分は一日中机に向かっていたくないと、アイアンが即座に答えたようにです。しかし自己規定はそこで終わりというわけにはいきません。一つのアイデンティティやキャリアは、自分はこれこれでないという否定を中心にして成り立ってはいません。ネガティブなアイデンティティから、あるいは自分は違うという感覚から、ポジティブなアイデンティティ、自分はこうだという感覚へとシフトする必要があります。これには勇気がいります。
 自己規定プラス勇気が、肯定的主張へとつながります。アイアンは、やるつもりがないものをぐずぐず言う段階から、やりたいものについて明言する段階へと移る必要がありました。「何かに抵抗するのは簡単よ」とわたしは言いました。「あなたは何をしたいの?」
 否定的姿勢でいるかぎり、アイアンはやりたいことが決められないでしょう。一つのキャリアを歩み始めると、それ以降数十年間、同じことの繰り返しになると彼は予想していました。一つの具体的な事柄にイエスと言ってしまうと、興味の対象や自由な人生から離れてしまうのではないかと恐れていました。むしろ逆です。アイアンが何かにイエスと言わなかったら、ごく平凡で限定されたつまらない人生になってしまいかねません。

メグ・ジェイ著 小西 敦子訳『人生は20代で決まる TEDの名スピーカーが贈る「仕事・結婚・将来設計」講義』Kindle版

声の出しかたひとつで相手から受ける印象って変わるんだよね.

日常会話にせよなんにせよ声ってものすごく重要で、たとえば冷たい印象を与えるようなでしゃべることで敵意であるとか嫌悪であるとか無関心であるとかいったものの含まれている、と捉えられる可能性があるわけです


逆にあたたかみのある、やさしげな、親しみをこめた音で話すことによって好意的であるとかすくなくとも負の要素は含まれていない、と捉えられる可能性もある


対象との関係やそのときの感情によってたやすく変化しうるものですから、だからこそ注意深く操る必要を僕自身感じているのですが、うまくできないこともままあり、いまのはちがったな…とかね、反省する日もたまに、ないことはない


なので誰も損しない、嫌な感じにならない振る舞いを保つ努力とでもいいましょうか
最低限の線を定め、そこより悪くはならないよう気をつけるとか
わたしもやらんことはないぜ、というお話でした

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