設定を考えるのってたのしいんだよね.

漫画を描いていたときゲームをつくっていたときキャラクタ一人ひとりの名前から外見から生立ちからなにから一日中唸って詰めていっていたんですよね、おもしろかったから、月並みであるとかひょっとしたらね、そういうこともあったでしょうみんなが気にいるものをおなじように気にいって似たりよったりのわたしたちである以上やはり似ます似て当然です、でも世界に目をやりじわじわとでも拡張されうる自身でありつづけられるならば独自性というものの獲得されうる自身でもありつづけられるわけで、ひとつの何かのちがった見えかた見せかたのわたしにあなたに捉えられるということの十二分に起こりうる、才能と認識されるものの一部はそうしたさきで手にされるものあって実際そうですから、そのように在ればよいように思って僕はそんな感じでいまはやっています、ここちよさに酔ってうずくまってどうなるものでもなかったし早い段階で壁にぶちあたることになりますから、限界というものの覗かれるのですね自分次第でたやすくこちらものぞかれうる、読書のよいのはあまりにも手軽にわたしを逸脱可能であるからで、寄道していたらわけのわからないところに迷いこんで開きなおってもっとわけのわからないところに迷いこんで彷徨いつづけていつかもどこかもしれないどこかのいつだかでわたしらしきものをやりつづけていられるためであるからで、たいへんな娯楽という感じがするからなのですね、いま何か設定をつくりはじめたらまたちがったものになるのだろうなと思います



単純に、じゃあひとりキャラクタをつくろうとなった時、自分でない誰かについて、誰かの人生、価値判断や言動習慣あらゆる情報のどこまで掴めているかによって形成されるものの密度や質が変わってくるんですね、諸要素の抽象度をあげることでフィクショナルな印象を強めるのも一つのやりかたでそれはそれでよいものなのですが、実在する感じというか、リアリティらしきものを意識するのであれば私でない誰かについて知ることがとても重要になってくる、類型的でも問題はありません、よく見るたぐいの感情の迸りであっても問題はありませんそんなのは銘銘の好みで自由にすればよい、ただ自身の創作物が自身の納得のゆくものにならないのは実際しんどいので、どうなん、というところで時間を浪費しつづけるくらいなら渉猟でもなんでもしていまいる場所から離れたほうが結果よかったりする、というのでわたしもあれこれやっていました、ということを思いだしました、というお話でした



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