作品に理由とか意味とかそんなものはない.

ないところでしか書けないものしか書かないから無い、ということでありだって理由とかなんとかってものが生きるうちの死ぬまでのあれやこれやにくっつくくっつけられるくっつくらしいと信じているのかおまえは、といった状態諸諸わずらわしいことこの上ないじゃないですかわたしにはわずらわしくだから気にいらない、であるならば、そうしたもののいちいちに蹴躓いてなどいられませんしけつまずくと仮定するならばけつまずいてはいまわる何者かの書きうるものしか書きえないそれは俺の仕事ではない、からとっとと立て、ということとなる、時間の無駄である、ので書く、にまとわりつくすべてを排除しはじめてわたしはわたしの想像をこえた領域へとわたりうる、を実践する、している、してきたが、しかししようとしてできるものではなかったひらめきに似て瞬間のほとばしりをつかまえるような頼りなく気のながい話であった、でありましたし過去にも幾度かそうして書かれようとしたものがあり書かれている折こそそうして書かれているものと感ぜられていはしたのだが練度の問題で才能をいかせなかったわたしがいた、そこには、が、それらのいつかに比すればかくじつに遠くがみえているわけですね、いまは、ですからいま書けるものは過去のどの自分にも書けなかったものだし俺以外の誰であろうと書けるものではない読めばわかる、わたしたちの仕事はいつでもそういう場所にしか無い、ということを理解したい、わたしたちってのが誰かは知らない、きみかもしれない、なんにもしらない



言葉を発する側と受取る側とのあいだにある軽重の差というか言葉に置きかえられるまえにあるものと言葉に置きかえられることで取りこぼされたもの変質してしまったもの、読まれること聞かれる過程で取りちがえられたもの、ずれらしきものの割と深刻で黙して語らずというのが平和なのだろう結局のところ、でもきっとあなたはだまっていられないしわたしだってそうだ



否定も肯定もあまりにかんたんにできてしまうわけだが否定も肯定もどちらも厄介で否定は否定されるものを肯定は肯定されないものを生む、というところでこれってどうなんだって思った頃もあったがぼくはすでにあらゆる配慮を放棄した、時間と労力の無駄なので、ぼくはただぼくが嫌だと感じたことをしないだけで、そして嫌だとか嫌でないとかいったことは時とともにかわってゆくものなので、昨日と今日とでぜんぜんちがうとかありますので、そういう意味では自分自身も厄介なのかもしれないなどと考えている



あんたのためには書いてない、とか、あんたに向かって言ってない、で十分なのではないか、そのさきはそいつらの問題でしかない、とそう思いたいくらいには異常な世界です、しずかにならない、が、そもそもそうしたものであるのだろう、そうしたものであることのよく見えるようになっただけのことか



言葉のたやすさによって言葉以前のふたしかさや雑多なものの損なわれうる覆いかくされうることのあたりまえに起こるわけだが誰もがそうしたものだとわかって言葉を扱うわけではない、俺だっていつでもあれこれ巡らせているわけではない、というか大抵なんにも考えない、感情であるとかいろいろの言語にフィルタリングされてずいぶん遠のくわたしであるのかもしれないわたし自身から、だが、私の言葉がいつでもこの私を完全にあらわすものであるとしたならば、それはそれでどうなのという心持ちもする知られすぎるとかわかられすぎるとかどうなの、たぶんいや

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