日日の切れはし:20200725

動画

どうも、ゆきひらさぎりです
たまにぶあついハムやソーセージといったものを食べたくなって買い物に行っていざ手に入る状態までこぎつけたら途端に「いらんねこ」っつって素通りしちゃうのなに?いらんねこ症候群か?

接続される孤独たち

孤独=親のいないみなし子(孤)と子どものいない老人(独)
と漢辞海にあってなるねこ~となったのは昨日のお話


ネットの普及で孤独の質も変化したのかもしれないね
だってかまわれうる状態・・・・・・・・というものがかんたんに作りだせてしまうわけじゃん
繋いでしまえば誰かしらがいて、コミュニティであれサービスであれ提供された場があってさ、だから留まってなにかしらのアクションを起こせばぼくとかわたしとか俺とかいった存在に容易に注意をひくことができる
ユニークスキルなんて必要ない
ある程度のコミュニケーション能力、あれも技術ですが、そうしたものを備えておけばひょっとしたら仲良くなれるかもだし、あるいは無くとも波長が合えば、浅くも広くも狭くも深くもどうとでも結びつきうる、そんな環境がととのっている
too easyじゃないですか


でも我がつよすぎるとかね、バランスがとれないとうまくはいかなくて、要求が大きいというか、みんな限られた時間なかでやりくりしていますから、他人に割ける分って実はそんなにない(全力でつぎこむひともいるけど例外だそれは)
だから俺俺俺、俺によこせおまえの時間を、くれ、読め、みたいなひとは一線ひかれます
ぼく?
ぼくはあれです
おすきにどうぞねこです
つまんなかったら放っておけばいいんですよ誰であろうが、めんどうだったらスルーでいい、暇じゃねえんだ


ただなあ、孤独の解消はいまではかんたんで、でもかんたんになった現代だからこそ感じる種類の孤独もまたあって、じゃそれがどうしたものかってことはぼくはきちんと考えるつもりはないのだけれども、たぶん考えているひとはたくさん? いると思うのだけれども、そうしたものと向きあうというか、抱えるというか、なんかなーっつって生きてくなかで、おんなじようにうんうん唸ってる人間もいっぱいいるかもしれなくて、いるよなたぶん、つながりはあるけど友達いないんじゃねえのみたいな? 友達ってなにそれとか? いやまあそもそも友達って必要なものでもなんでもないんですけどね、それはいいか、えーだからですね、そんな感じだったらとにかく群れればいいよなっていう
耐えられないなら属しちゃったらいいんじゃねえのって
それができないってひともいると思うんだけどたぶん勉強も練習も試行もフィードバックも足りてない、って書いてる俺もそうだったしいまでもそうなんだけど俺は属す気がないから問題ないってだけで、仮に属すとしてもごく小規模なムラだろうし、ねえ?
なにかを手に入れようと思ったら対価を支払うことになります
それはお金かもしれないし時間かもしれないし体力気力いろいろあるとは思うんだけど、とにかく消耗はします、消耗してやっと手にできるものがほとんどなので、もちろん楽であることにこしたことはないんだけど、それはひとによるか、ひとによるとは思うんだけど、たとえ楽であっても失うものがかならずあります、が、それでもやるねこ、やるしかねこなので


といっても最初からうまくやろうとか考える必要なくて、さっきも書いたけどコミュニケーションは技術なので身につけていない時点で空回りする可能性が非常に高いわけです、なのでそこはぼちぼち習得しつつ自分にできることを続けてゆく
結果だけね、自分が欲しいものだけ追っかけて大事な手順とか道順を、つまりは相手、他人を無視しちゃうとまあおかしなことになります
だからまずは自分になにができるかってこと、提供できるかってことを考えたいね
なんにもしないで文句だけいったり良い思いをしようとしたり、ふつうに嫌がられるから
なのでそのへん気をつけつつゆるくやってくのがええんやろうなと……あれこれ自分にむけて書いてるのか俺? がんばってね俺???

まめ!

めぐるんありがとう!
こ、これであるふぉとねこになれる……

実際見える

「執念」は見える-西野亮廣

西野氏に関しては不勉強からくる的外れな批判とか感情とかいろいろぶつけられて大変そうだなという印象

メトロミュー、良いですね

メトロミュー「めろめろグルーヴ」【オリジナル曲】

とてもきにいりました

日本の冒険家には単独行者が多いそうな

 完全孤絶状態においては、冒険者はひたすら単独で判断を繰り返す一個の行動主体と化す。判断して命を管理することで、身体の内側で実存が完結し、自分という存在が明瞭な輪郭線をもった一個の肉の塊として知覚されるのだ。~中略~
 孤絶がもたらすのはこうした地球との対峙感であり、自然への没入感だ。私が基本的に単独行で行動するのは、この〈俺と地球〉的感覚が病みつきになっているからなのだと思う。

角幡 唯介「単独行がもたらす究極の孤絶」『kotoba』No.34 2019年冬号所収 p.111

こうしてここにのらりくらりと暮らしているだけでは絶対に味わえない感覚というものがある
ある、と想像する
それがどのようなものであるかを想像する
想像したところで想像しきれるものでもないのだが、しかし想像だけは、いちおうしておく
言葉で、ヴィジュアルで、なんだかよくわからないもので、想像だけは、かならずしておく
実際のところは行ってみなければわからない
ぼくも、あなたも
しかし、たとえ行ったところで通ずるものなどひとつだってありはない
共有はできる、体験であれ、景観であれ、断片ではあるが、なんらかの手段で、なんらかのかたちで
共感も、できるだろう
共鳴も、あるいは
しかしわたしの感じる世界とあなたの感じる世界とが重なりあうことはけっしてない
わたしとあなたはおなじではない
孤絶している
そう、そうした意味でならいつだってわれわれは孤絶している、のだけれども、わかりきってはいるのだけれども、自分で思うほどにはぼくらはわかりきってもわかりあってもいないように思う
わかっていない、ほんとうのところは、と思う
だって、なんとなく、ひとつの線のうえに並んで立つような錯覚があるんです
錯覚
ぼくときみとはおなじではない
一秒たりともかすめなかったし
一厘たりともかすらなかった
けれど、錯覚、錯覚、錯覚
錯覚と、それと知ったうえでなにか、なぜか、そうでもないんじゃない? なんてことを考えたりする程度にはぼくは愚かで、この愚かさを捨てたくはない
好きとかなんとかって、たぶん、そういうこと

不確定ではあるものの、おそらくぼくが冒険家になることはないだろうなあ

『北海道舞踏フェスティバル2020』がオンラインで開催されるそうな

馴染みがないので気になっている
会期は8月1日~31日
公式サイトで見られるらしい
どういうものなんだろうね

「舞踏」を北の大地から世界に発信。「北海道舞踏フェスティバル2020」がオンラインでも開催
5月から7月にかけて、北海道の3都市と台湾で実施予定だった「北海道舞踏フェスティバル2020」。新型コロナウイルスの影響を受け、中止となった公演が8月1日~31日にオンラインで上…
HOKKAIDO BUTOH FESTIVAL 2020 OFFICIAL WEBSITE
北海道舞踏フェスティバル2020/Hokkaido Butoh Festival official website 今年の会場は札幌、小樽、岩見沢の3都市。日本最北から舞踏の価値を問う。 Hokkaido Contemporary Dance Association is established to spread B...

めじま著『怪異と乙女と神隠し』第一巻を買った

オカルト系の作品はあまり知らないんだけど、これはおもしろいですね
ただ、読んで浮かんできた言葉が性癖だったので、ええ、そういう描写が詰まっています
主人公の董子さんが作家というのも良いなあ
10代で売れ、天才と呼ばれ、時は流れて現在……みたいな
二巻も買います
化野くんが好き

↓ で何話か読めます

怪異と乙女と神隠し | やわらかスピリッツ
小学館「ビッグコミックスピリッツ」編集部がお届けする無料WEB漫画サイト「やわらかスピリッツ」の連載作品『怪異と乙女と神隠し』詳細ページです。


↓ ぬじま氏Twitter

コメント

タイトルとURLをコピーしました