日日の切れはし:20200921

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どうも、ゆきひらさぎりです
stand.fmで朗読を聴いています



↓ は蔵吉くらきちさんの『ききみみラジオ』
落ちつきのある声にほどよくついた抑揚が心地よいです
始終に配された語りも短いながらもたのしく、次が待ちどおしくなります
(音量注意。Eggs同様プレイヤーでの調節ができないようです)

Oculus Quest2、家電量販店でも売られるということで一気に普及しそうな感があるんだけど

やはりFacebookがネックになるんやろうなと
サービスへの登録って基本めんどうで、そこであーやめますってパターンけっこうあるんだよな実際、めっちゃわかるんだわ俺も
だがしかしです、はじめてみれば世界がひろがることはまちがいないし伸びつづけている業界でもあるわけじゃないですか
そこで自分が出来ることについて考える契機にもなりうると思うんですよね、今後どう関わってゆくかっていう
ただ消費するだけでももちろんたのしいと思います
でもぼくもそうですけど創作系の人間の中にはそこになにかをつなげたくてしようがなくなる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・タイプも存在して、それもあっていま見送ったらいつになるかわからんとりあえず覗いとくかっていうお気持ちになったんですよね、というわけできみもどう? 3万円台ですよ
あっ、デバイス装着時の容姿や挙動については考えないようにしています



あと先日発表された『Project Aria』も気になるね、こっちはAR(拡張現実)
この手の拡張が進めば現実世界も多少はわかりやすく・・・・・・おもしろくなってゆくでしょう
俺はさしあたり路傍で偶然・・見かけた草花の情報が欲しいかな
アプリかなにかであったような気がするんだけど、じゃあいちいちスマートフォンを取りだしてカメラを向けるのかって話で、それが目的で外出しているのならばともかくそうでないなら上述したサービス登録がめんどうでやめちゃうのと一緒で、そのひと手間のためにまあいいかってなっちゃうんですよ、そんなもんなんです
なのでAR眼鏡で表示してくれるんならその方が良い
一定時間視線を向けることで情報が呼びだされるみたいな感じになるかな

Facebookが「Project Aria」を発表。ARメガネに必要な技術開発を行うプロジェクト - Engadget 日本版
2020年9月16日(現地時間)、Facebookは同社のVR・AR技術に関する発表イベント「Facebook Connect」をオンラインで開催。その中で、ARメガネに関する技術開発を行うプロジェクト「Project Aria」を発表しました。

お金の教育を受けていないとビジネス系のあれこれが胡散くさく見えたりすると思うんだけど一部のやってる連中以外は健全な稼ぎ方をしている

はずなんだけど、成功例をみんな真似したがるからさ、SNSにもいるじゃん量産型のアカウント
オリジナルに追随してわーっとやっちゃうから外の人間からすると異様でしかない
でもあれ別にビジネス絡みだけの話じゃないんだよね
たとえば創作でも流行りすたりがあって、じゃあってんで乗っかってやってたりするじゃないあわよくばって
でもだから楽できるのかっていうと大枠とか構成要素がある程度利用できるくらいで作業自体は地味にこつこつだったりするわけ
無視して好き勝手やるのとはまたちがった大変さがあったりするんじゃないマジで取りくんだとこないからわからんけれども
ちゃうわ、創作はどうでもええねん

Illustration by Freepik Stories


えー、いまの日本でそのへんの知見、ビジネス系の知識が欠落してると単純に経済的困窮を招きかねないなっていう
良い学校行って良い会社行って言われたとおりやってたまに気をきかせてそんで一生安泰とかそうそう無さそうよね
なんで胡散くさいとか搾取では詐欺ではとか印象で食わず嫌いしちゃうみたいな心理を自覚した時点で事実なりデータなりを見る姿勢に切りかえていったほうが選択肢増えて死ににくくなるんじゃないかと思う
誰かがこう言ってただからこいつはおかしいあやしいじゃなくってね
糾弾する側が歪んでいる場合もあります



自分の好きを突きつめて収益につなげるのだってめっちゃ真っ当な行為だけどお金に偏見があるひとは躊躇しちゃうじゃない
小説売るのも絵を売るのもそう、いや私はお金とは関係なく…って
でもそのせいで関係なくやってきたいけどだからって興味もなんもない仕事で生計たてたくなんかないやいみたいなクソめんどくさい心理状態になっちゃって、そんなん楽しいわけないでしょう
だったら作品そのものじゃなく作品以外の好きとかおもしろいとかを換金してけばいいんじゃないって話になるわけで、でないとひたすら消耗しつづけるしなんもかんも嫌になりかねん、駄目だよそれは
そんなくだらない理由でつくれなくなるとかまったくもってつまらん
よく生き、才能を見せろ、と俺はそう思うね

「へーそれおもしろいの」って訊かれて「うん」って即答できない時点でそれはちがうのかもしれない

一貫して好きって俺もそんな無いんだよね
昨日好きだったものが翌日どうでもいいとかすらあるんじゃない
そのへん疑わしくなってきたらいったん見直したほうがいいと思う、生きかた
自分でわからんところに注力しつづけるのしんどいし不毛だもん



もちろん結果よい方向に進めたってことはある
でも文字どおり結果論なのでいま楽しくないことは極力遠ざけたいかな
過去に書いた気がするけどぼくは現時点では基礎はどこまでも簡単に、継ぎ目や編み目のない土台のうえにすべてを積みあげてゆくスタイルをとっていて、だから欲求と行為が直結して余計なものがまざりこまない感じになっているんだけど、そういう単純さを持っていないと迷子になりかねないのよ情報が多すぎて
実際いかに自分が不必要なものに捉われていたか、SNSを離れてよくわかったし
欲求から行為は一直線、行為以降は放射、そんな感じがええかもしれん人によっては

人気がでなかったのでやめましたはクソつまらねえ理由だなと思う

連載終了とか続刊が出ないとか、昔から思ってたけどそんなんでぶった切ってさよならってめっちゃ嫌なことするよな
そりゃ売れないと潰れるとか食っていけないとか事情は諸諸あるんだけれども、でも打ち切りって文字を見ただけでこれは読まなくていいわって判断しちゃうくらいには俺は嫌



もちろんむしろそのせいでおもしろがられている作品も存在するしSNSの普及で息を吹き返したって例もあった気がするんだけど、いまはそのへんは置いといて、シンプルに、好きで追いかけていたものがそんな形で畳まれるの最悪だなって、やっぱり
だから…なんだろう、そうならない仕組みが欲しいよね
個性や実力のある作家が最後まで作品を作りつづけられるような
安心して注力しつづけられるような
どうせなら見届けたいじゃないですか、本当の完結まで
たぶんそんな形でプラットフォームをつくっている(つくろうとしている)人もいるんじゃない
調べてないからわからないけど、あるなら素晴らしいと思う

広告を踏んでくださっている方がいるようで、めちゃくちゃありがとうございますっていう

だからというわけではありませんが、考えたこと思いついたことに関しては書けるだけ、全力で書くようにしています
正直なところ、ここにこうして文字を並べることにどれほどの意味があるのかという話で、というのも発信という観点からすると、たとえばお金やPVが目的であった場合記事タイトル(日日の切れはし)から間違っているんですよSpherulesは
だってたとえ検索に引っかかってもクリックしたくならないじゃないですかこんなの
検索って解決したい問題があるとか知りたいことがあるとかそういう理由でするものなんです
だからそういう人たちに刺さるタイトルや見出しをつけるのが発信者として守るべき基本で、そこをぼくは利便性のために外してやっている

Illustration by Freepik Stories


ですから開けていながらどこまでも閉じた場とでも言いますか、ここってそんな感じなんですね実際
なのでわざわざ足を運んでいただいているだけでも俺には特別なことだったりするんです
なのにそれ以上じゃないですか
サポートもそうだし、広告も
誰にも見られなくてももちろん書きつづけますよ
それはそうなのだけれども、すげえうれしいよなっていう
ありがとうございます、いや、ありがとねこじゃろがい

ブログに音声100本以上アップロードして思ったのは

はじめるのめっちゃ簡単だなーってことと、つづけるのやっぱ大変だなーってことで、たとえばぼくがもう一度やるとなったら型をつくるところから手をつけます


型、テンプレートです


物語にもありますよね、より伝わる、伝えるための型、それに沿って素材を配してゆくことでいわゆるよくできた作品になるあれです
おしゃべりも同様で、型ってのはここでは構成という意味で使っていますけれどもたいへんに重要なのであります
だって適当にやっちゃうとなんの話がしたいの?結局なんだったの?ってことになりかねないんだから(そこが魅力って人もいるでしょうけど



俺もそうなんですが、おしゃべりへの苦手意識って上手く話せないことへのコンプレックスが原因だったりするんですよね
うまい話し方なんて教わらないまま失敗つづきでこれまで生きてきましたみたいな
だからこそ型が大切になってくるわけで、要は台本を書きましょうってことなんですけど



話すの苦手…でも音声配信したい…という人は、構成から組み立て無駄を削ぎ落した台本を100本書いて100回収録してください
そしてできればそれぞれ公開してしまってください
公開することで背筋が伸びるところもあるので(人による
たとえ1~数分の短い文量であってもつづけているうちにすこしずつ慣れてきます
最初はそれこそ一字一句違えることなく読みあげてしまってよいでしょう
ここでブレスとかそんくらいの密度でつくっちゃってもいいかもしれん



そして余裕がでてきたらそこではじめて即興をやりましょう
脇道に逸れたりより踏みこんで話したり、いろいろ試みるなかで発見や反省があるはずです
手ごたえの無いまま嫌気がさすとかつまらないじゃないですか
確実に成長できるかたちで取りくんだほうがおもしろいと思います
ただやった感じ100本だと少なすぎるのよな、慣れるには
1000本を目指すくらいでいいんじゃないでしょうか
俺もまた再開すると思います、いずれね

*みずのなかにいる*

くじらねこ

One Breath Around The World

じてんしゃのらねこなのにほしいっておもっちゃった

見た目の電動アシスト感の無さもいいし機能も保証もしっかりしている
これで25万円ってのはめちゃくちゃ安い(はず
ぼくんちの周辺そもそも走行に向かんのでちょっとあれやねんけどこういうのだったら乗ってみたいって思うわ

ハイテク機能満載の電動アシスト自転車が凄すぎてついていけません。
Ride the future with our Electric Bikes | VanMoof

見出しの部分でルビを振っても反映されないことにいまさっき気づいた

入力した文字列が対象のうしろに通常表示される
つまり「ねことり」って入力しても「ねことり」ってなっちゃう
まったくいみねこだった

知らない誰かの人生をなぞる、あなたとか、だれかの

そうして知らないわたしを描く
わたしは知らないわたしになって、わたしは知らないあなたになって、誰にも知れない時間であるとか、音とかひかりを描いてる
わたしはいつかのあなたでいたの、あなたが知らないわたしでいたの、知らないあなた、知れないだれか、知らない、知れない、知りたくもない、知りたくなんて、なかったわたし、わたしは知らないわたしでいたの、いまだって、描くなら

たとえば小説を読むときすっかり入りこんで登場人物になっちゃう人がいるんだけどそういう受け取りかたがあたりまえになっているタイプは書き手になると強いのかもしれない

逆に(?)いまここにいる私として受けとめるのがあたりまえの人はどんな情報でも観測者傍観者として処理する感じになるというか、書き手になった時の描写もフェイクっぽくなるんかなあ当事者ではない誰かが書いたふうな、どうなんでしょう
ちなみに俺は前者です
個人的にはそうじゃないと書けない領域があると感じていて、実際そうなっていると思います



ただノンフィクションが苦手なんですよ
実在する(した)人間のリアルな痛みにどこまでも背を向けていたい気持ちがあって、といってもデフォルメされた感情しか読めない書けないという話じゃなく、フィクションというフィルタを通してしか受けとりたくないっていう、実在しない誰かを通してしか実在する誰かの痛みを感じたくない、わたしはあなたになりたくない、頼む嘘であってくれってどっかで思っちゃうからつらくなるから、いやだから
だから実際・・を見てきたような微細な要素を拾うことができないしわからない、生生しさやにおいや体温みたいなものを感じる表現はいまのぼくにはできないと思います
しようと思えばできるでしょうけどやりたくない、したくない



年代で傾向とかあるんかもね、人間の行動、思考とかいろいろと、増えてそうだよねリアルなんか知らん勢、知らんけど
でもやっぱりあるんですよこっちにも、そういう人間だからこそ書けるものってのが、リアルなフェイクとでもいうか、よくわからん
だから良い悪い有利不利みたいな話じゃないです
もちろんすべて(?)を高い水準でかたちにできるひともいると思います
望めばなれるでしょうぼくも
ただ現時点ではぜんぜんそっちに気持ちがいかない
たぶんですけど一生無い
やだねこ

あたしが好きなのは勉強のための勉強です

勉強のための勉強で得た知識も当然使えるんだけど使えるってところはあくまでもおまけで、あ、そういやあれがあったなって手にとるくらい
勉強のための勉強と目的を達成するための勉強とはまったくつながりがないのね
それぞれが独立して存在してる感じ

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