日日の切れはし:20201010

創作

どうも、ゆきひらさぎりです
文芸作品を読む理由ってぼくは考えたことがなくて、ものすごくぼんやりしている
言葉を通して何かを手にしたいと考えているのか、瞬間瞬間の感情とか感覚のゆらぎに浸っていたいのか、なんだろうね



書くのは?
楽しいから
まだ見ぬ世界が見えるから
ぼくならば、と思えるから
たぶんそれ・・がいちばん大事なんだけど、うぬぼれじゃなくわかるってやつが
この感じがないと迷子になるというか、外的な何かに振りまわされて軸がぶれるか折れるかしちゃうってことが起きるのかもしれない、どうなんでしょう



物語は物語でどうしたって在りつづける
つくりだすまでもなくそうしたもののなかで誰もが生きていて、つくりだすならあたらしい誰かがあたらしいおはなしのなかで息づいてやかましいってだけの話で、それだけ
世界にひとりも憶えないからじゃあ無かったことになるんでしょうか、なるわけない
人類滅んできれいにさよならなんてそんなものじゃない
そこにあったこと、どこかにあったこと、わたしのなかに、あなたのなかにあったこと、たとえ語られずともそれがあったという事実が消えることはない



それはそれとしてまちがいさがし『月暮らしが治るまで』聴いてる

月暮らしが治るまで/まちがいさがし



↓ はむどさんによる非公式MV

まちがいさがし『月暮らしが治るまで』/手描きMV

おますくあんまりしたくないねこやがしかたがないのでしてるねこ

ころねこ前に買った60枚入りが無くなったタイミングで布に切りかえたんだけど個人的にはこれ ↓ がよかった
色とサイズがいくつかあって(俺は白とベージュのMサイズを買った)助かる
装着感も悪くないし見た目的にもそんなに嫌な感じじゃない、というかまだマシというか
個性的なマスクもあるけど主張したくない向きはこんなんでええんやろなと思う

YouTubeでニューヨークのファッション系動画を観たら

こいつが俺のスタイルさ的な主張がはっきりとあって良かった
他とかぶらないとか独自性だとか、たとえば芸術家ですっていうとそういう奇抜さみたいなものもあーって感じで受け容れられたりするんだけど特にその手の活動をしていない人間がめずらしい格好をしているとなにそれって感じになって、ぼくの周辺でもあったわ、あれは良くないね
肩書きから外れたことをするとめんどうがまとわりつくの



を覗くとその手のつまらなさが蔓延っている印象がある、いまだに
もちろんそうしたものに抗うように、問題にもならないってふうにやってる人たちもいて、どう思う?
そっちの方が楽しそうだなって思わない?
現状、仮想空間くらいじゃないなんでもありでやっていられるのって、姿とか
ああした自由さがもっとリアルに持ちこまれるといいね知らんけど



ありそうなのはリアルは無難なスタイルでAR越しにばあっと装飾してるみたいな
多重性というか多層的というか、そうしたかたちの外装が今後ひろまるのかもしれない
そこ向けのコンテンツもたくさんつくられるのかもしれない

乖離する、相反し、相克する

手に触れる現実と思考とのずれが致命をにおわせるくらいには擦過する臨界、むこうがわをのぞきこんだふうな誰かのささやきは風の音めいてかわいて、かわいている、かわいらしさとざらざらの結節点にあなたばかりがたゆたう昨日だったか、今日だとか、昨日だとか明日だとかなんだっていいじゃないどうだっていいでしょうにわかんないでゆらめく焔みたくありたい見つめてしずかなのがいい、永遠にだって拙ければいい、そうぞうするの淡やいでなんてそれだっていまだけでいい、うたうらでだってぼくたちまでもははかられないで凪いで赫らかなのがいい、わかりたいの、あなたはなんにもわからないでわかる、あたしはだれをもわかれないでわかるふりをしている、わたしだけがわかるよ、わたしたちだけが恙なくわたしたちでいるという錯覚が大事なのであって、旅の内訳はそうしたつづきを待ってぼんやりとしている旅のなかの旅、はなやぐ、ペールカラーの情景はぶちまけた缶の内臓づたいにここのかえりに滲んでなにもかもをあなたに似せてしまうのではないか、曖昧さを好いて手をつないだ、聴こえなさが好きで透玻璃を濾過した、きらきら、破片化した夜には水だってとけないで輪郭ばかりのあなたに似すぎてしまうのではないか、ひとりの、もうひとりの、あなたひとりの、わたしひとりのあなたに、だれかに

自作を読みかえす

なにを書くかどう書くかについて以前は考えていたんだけどそれももう俺にとっては意味のないことだとわかったのでめちゃくちゃ自由だよなーとか思ってる
言葉は便利で、でもそれだけでどこまでもただの道具でしかない、という前提のうえにすべてを重ねて命すらもかさねてなにひとつ語りえないでふがふがやっているのが性に合っているのでしょうか
誰に届くの、きみに? 気にいってくれるだろうか
ただの音、ただの線、道具の底に意思とかなんとかわからないなにかしらが流れていることくらい誰にだってわかっているのでしょうか、気にいってくれる?
汲みとるとかばかくせえ傲慢さなんかちらつかせている暇はないんじゃない、そういう場合?
書いて、書いて、書いて、おわりじゃない?
それがぜんぶじゃない?

知らない世界を知りにゆく、なにかをはじめるそのまえに、そのあとも

結局狭さ・・が呪いになるって経験からわかる
だから外部を志向するのだけれども方法はいろいろで、偏りもでる、でも偏りを偏りと自覚することである程度幅を持たせることができる、領域、わからなさを保持できる、わからないことはわからないことであってそれ以外じゃない、何か別のものと結びつけてしまえば綻びになって誰が繕う、誰だかが、そもそもわかるということだって危うくて遠ざけておきたいくらいで観測結果が観測者固有のものでしかない歪さとかざらにあって一般的な云云お利口さんたちの云云なんてものと照らしあわせながら調整するんですかしないんですか主張とかうるせえないつまでもどいつも、なんて思わなくもないんですかあなたは、知らないけれど



広けりゃいいんですか知っていればなんでも、なんてこともなく足、ついてないでしょ地面にって触ってないでしょかお、からだ、つめのさきにだってなにかはあって、なにがあるかは知らないけれど言ったでしょうことばはことばでしかない、こたえはことばのなかにはない、そんなふうなたやすさはどこにだってない、わかるもわからないもそもそもありはしない、言ったでしょうに言ってない、わからない

いもかってきたねこ

おひるにかってきたねこ
いまからたべるねこ

つくりおきの解像度を上げる

ごはんの準備はたのしいっちゃたのしいんだけど手間も暇も掛かるし毎日やるのは億劫だったりしますから、なのでつくりおき
食材まとめて買ってきて一日で用意するかたちになる



YouTubeなんかで検索するとたくさん出てくるのよねレシピ付きで、あのへんを参考にすれば困らない
ただ最小限の手数で済ませたいので厳選というかある程度絞る必要があって、これまでそんなにきちんとやってこなかったからそんなこと、ちょっと取りくんでみるかと



ごはんってめっちゃ大事でおいしくて栄養のあるものを毎日食べるだけでも削れづらいんだよね生命力つーか諸諸
もちろんその時時の事情ってものがあるからいつでも良い感じでいけるかっていうとそうでもないんだけど極力維持したいところです



いろいろやってきて思うのは結局衣食住がめっちゃ重要やねんなってことで、近いじゃないですかどれも、すぐそばにあるもので、自分自身の次に近い、取りこんだり身に纏ったり落ちついたりするものなわけで、それも毎日



だいたいで済ませても生きてはいけるんだけど納得とか満足とはちょっと離れるというか、離れすぎると保てなくなる部分が出てくるというか、飢えたり寒かったり要らん忍耐が生じて欲しいとも思わないわけそんなもの、誰と比べてどうとか世間一般的にどうとかいった話じゃない



そんでもってそうしたことの積みかさねって後後になって来ますから、なんなんだよってなっちゃったら、そういう自覚を持ってしまったら、あ~人生~っつってね、うんざりねこですから、だからほどほどにやっとくって判断です
積みかさねって書いたけど知識も含めて経験値たまるんで選択肢増えるしなんなら昨日よりおもしろい今日になるかもしれんよね

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