小説投稿サービスが生む断絶や隔絶というものについて考えた話

雑記

わたしがそうだったんですけど、カクヨムにいた間は他所の作品をほぼ読まなかったんですよね

ネットの海に島国みたいにぽつらぽつらと各サービスがあるわけじゃないですか
で、ぼくらは小舟にのって目的の場所まで移動するんだけど、どこに行っても郷に入っては郷に従えってな状態が待っている

つまりカクヨムだったらカクヨム独自の機能があるわけなんだけれどもそれはなろうやノベルアップ+では使えないと
もちろんブラウザやSNSでカバーはできます

でも統一感が無いというか不格好というかつぎはぎじみているというか、そういうところが微妙に気になっちゃって
だったら行かなくていいや、みたいな

いちいち登録しなきゃだったりサービスごとに異なるシステムを覚えなきゃだったり無駄な労力じゃないですか
そういうのいいよもうって

言ってしまえば機会損失なわけです
ひょっとしたら出会えたかもしれないすばらしい作品や作者とそのせいで出会えない

これTwitterもそうで
類似のサービスも存在するんですけど理由がなければ覗きもしない

YouTubeは観るけどニコニコは観ない
TikTokは観ないけどIGTVは観る、みたいな

電子書籍だってkindleやhonto、google play等々これもたくさん提供しているところがあって、あ、今日はあっちでセールやってるぞ買おう買おう、ああ、今日はこっちで無料で手に入るなもらっとこうなんてことになったりする

結果あの本どのアプリに入ってたっけ探せ探せってな事象が発生したり、実際あったんですけど、ああこれあかんやつやと(わかりきった話なんですが)
紙と電書もそうだなそもそも

あとぼくが馴染みのある分野だとゲームハードでも昔からそんなことやってます
特定のハードでしか遊べなかったりハードがちがうとおなじソフトでも一緒に遊べなかったり

クラウドゲーミングが主流になれば大部分解消されるでしょうけど、まだまだそういった本質とズレたものは無くならないみたい

ああ、サブスクもか
枚挙にいとまがない(いとまってこんな字だったの)

とにかくそういった隔たりがずっと横たわっているわけです
どこかで統一に向かって欲しいという気持ちはあるんですけど、お金が絡んでそうなっているわけですからまだまだ難しいでしょうね

実現するとしたら人間が労働から解放されるころか
ほとんどのサービスがフリーになって……遠い話だ

コメント

  1. ひげねこ より:

    ずっと暇だとおもってた……

  2. ねこばたらきはえいえんねこ

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