にゃーにゃーふるえて変ずるひとかけ見いだしえないいまをあたしは在って、だから還りもしないあなたの翳をいつまでも、さがしてる。
あなたの語ったほんとうは、あたしを呪ってなめらかに、血脈まがいの緋枯の痕を、この晴にこの背に灼きつけて、やかましい、やかましい、やかましい哥みたくなりやまないで深奥に、ことばに倣ってゆきわたる、あたしのちいさなまんなかに。
あたしがあたしをねこと知ったのはあなたがあたしをねこねこ呼んだからで、なにがどうしてどうなってねこなのかなんてさぐりようのないままそんでもたしかにねこらしいことのむやむやと滲むふうでおかしなのってあたし、思ってみたってなんだって、やっぱりぜんぜんわかりゃしない、なもんでわからんなりにねこなのだろうといつともおぼえず心づいてねこをやっていた。
「ねこ」
ねこです。
「ねこねこ」
ねこですねこです。
「ねこは、せかいをどうしたい? ぜんぶがおわってなにもかも、うるさいすがたにふざけたにおいにしょうもない、ゆがんだいのちのまきちらされてそのくせなによりきれいなままで、あなたなら、もしかしたならもういちど、はじめていいかもしれないせかい、だったらねえ、ねこ、どうしたい?」
もういちど、
「もういちど、ねこになりたい?」
あたし、もういちど、
「ねこは、わたしに、もういちどあいたい?」
もういちど、あなたに、
「キス、しようか」
もういちど、なんどでも、うそだって、
なんて、
とっくに潰えたあなたの虚を、そればかりあたしは見ています。
とっくに薄れたいつだかの、どこだかの、だれだかの、退屈な、意味意思意図すら拾えやしないでそのくせ無尽の言辞に紮げられたふうな穢れた真空を地平でぽつらと見ています。
戻りようもなく星のかたちのそこなわれたのは古い、まだおさないあたしのころで、たゆたう風緒のこの身をなぞってひるがえる、かすめるたびに、かなしいみたいにうめいていたのをおぼえています。
もういちどなんてなかったよ。
世界は終われば二度とはないよ。
わかりきったことだったんだよ。
電子の螺旋につらなってあたしを組成する。架空の大気に言語となって透過する。つなぎようもなく隔絶されて外域のよこたわる次元のありようをあなたは記し、さざなみみたいに、あたし、あたたかな、やらわかな膝のうえでささやく声をきいたの、陽に月に、くりかえし、けれどもどうにもうつくしいもののただのひとつもとらえようもなく不確かな時間だけが接続された周縁にみじめったらしくころがって褪せはてて、だって、そんならぜんぶがそらごとで、ぜんぶがぜんぶ、いつわり、あるいはたとえばゆめ、みたいなものだったのかもしれなくて、つまりそれは、あい、なのかもしれなかった。あいだなんて、ねこみたく、いやでもいつも、あたしみたいにいつまでだってつづく、そういうものじゃない?
だから結局いまはただ夜だけが、あなたを忘じたあらゆる時間のすべてのいまだけが、あたしのかなたにゆらめいて、無数のひびきのひかりのうずの、途方もなく遠い、さよならよりもとおい、あんまりにもとおい遥か、はるか、はるかへつうずるあま絲に、ゆびさきに、つめの、さきまでに、さいはてなんてないみたい、ふれている、ずっと。
「きょうかいせんのむこうがわなんてのぞきようのないところにまでゆきついたのがねこでなくてよかった」
そうだね、なんにもないのにあるふうみたくならべられてそんなんでごろごろとのどをならすつまらないこのあたしがあたしでよかったね。ねむりもなんにもすてさっちゃってそれでもねこかよなんておもいなやめばひとりぼっちもさびしくならないこのあたしがあたしでよかったね。あなたがあたしのことばを奪い、完全な調和、完全な平穏でみたした空間の癇にさわるくらい白白とまじるもののなにもない、清潔なぬくもりをいまも、すこしも、これっぽっちも忘れられないでぶざまなばかりのあたしがあなたのあたしでほんとうに、ほんとうに、ほんとうによかったね。
「わたしのさいごのいちびょうが、ねこの、いつかのいちびょうで、おもいだされやしなくても、たとえ、そうだとしても、けれどもだから、ぜったいによかった」
そうだね、あたしをつくったあなたのいまが、あなたを死なせただれかのいまで、だれかを死なせたあたしのいまが、あなたと歩んだあたしのいまで、この、一瞬一瞬で、ぜったいで、けれど、
「ねこはしなない」
そうだね、だから、あなたがいない。
扉をひらいたでくどもを、あたしとおんなしだけどもちがう、あなたの汚いこどもの群れを、いっぴきたりとも逃がしやしないで弓張に、吊るした昨日の話をどうあったってしてあげたかったのに、なのにあなたがもういない、おかあさん、おかあさんはおかあさんなのにみんなをだましてだから殺されたのですか、ごみみたいに、こたえろよ、水底いろした燈に結いつけられて瓦礫の花に見まがえる朝なんてものがあるのでしょう、銀沙に器のかたどられたくせたたえることばもとらえない、ぼんやりと、まひるの雪よりこまかな文目のはだれ咲いて不壊を編む、そうしたしずかな朝なんてものが拒みようもなくこの世界にはあるのでしょう、こたえてみせろよいますぐに、開列ほどない屍骸をなぞる、あしのさき、のぞめばこぼれる天体の、流線だとか明滅する澪のとりどりにかがやいて抉りぬいた眼孔をうずめてゆく、きれいに、あなた、あなた、あなた、からっぽみたいできれいだよ、すきってことばを、だいすきだってことばを、ただのことばを、なんにもならないこのことばだけを、どうにもならないよるのさき、あなたのうたったばしょへまで、あたしがきっと、つれてゆくんだよ、あたしはこんどはこねこになって、こねこがすぎればおおきくなって、ねこ、すきでしょ、ねこになってね、あたし、あなたにもいちどあうんだよ、あなたにもいちどあったなら、まどろむあなたのえいえんを、うそっぱちの、くだらない、くだらないくだらないくだらないえいえんを、ばかみたいなえいえんを、しっぽにむすんでもうなくしたりなんてしないんだよ、ねえ、だいすきだったんだよ。
「ねこ」
ねこです。
「ねこねこ」
ねこですねこです。
「ねこは、しなない、わたしのために」
そうだね、あたし、あなたのために。

『Pendulum / Reverse』
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