俺がTwitterにいたころ苛まれていた虚脱感の話

雑記

そう、虚脱感
あれはマジでえぐかった
あの場で費やした厖大なリソースに対してどれほどのリターンがあったのかって話なんよね
何を得たのか、何が手元に残ったのかっていう
自信を持って、俺はあの場でこれを手に入れた、そう言えるものがどれほどあったんだっていうね
ほんとね、いくつかの繋がりと執筆絡みの諸々と(このふたつは大事)あとは虚脱感だけだったんじゃない?


自転車に長時間乗ると思った以上に体力を消耗していたりするでしょう
そんな感じの疲労感、といっても精神的な疲れとかだるさみたいなものが身体にも影響を及ぼして結果なんもできないみたいな種類のものなんだけど、それがTwitterでは顕著に感ぜられて
あれさ、Twitterって実に簡単にはじめられるじゃない
アプリを起動すればすぐに見なれた画面があらわれて、指でなぞればスクロールできて、時折反応して、自ら発言して、なかには有益であったり良い変化を与えてくれるような情報もあります
単純に楽しいものであったり驚かされることもあります
それは良い
だけど誰かの意思とか意志とか欲求とかさ、雑味っつーかむしろそれがメインって気もするんだけどなんかごちゃごちゃとしたね、ややこしいものが多分に混じりこんでいて、純粋に楽しいとか好きとかそんなんじゃないある種のノイズが非常に多い
そもそも性質の合わないものがね、たくさん流れている
そういうものを眺めているとね、当てられるんだよね、端的に
他人の感情に
持っていかれちゃう


限られたエネルギーをやりくりしてぼくたちは今日を活動しているわけなんですが、その幾ばくかをなんでもないTweetの一つひとつに確実に消費させられちゃう
しかもなんだろ、ステータスが数値化されて目の前に表示されたら良いんだけどどっかのラノベだかアニメみたいに、残念ながらそういった便利なシステムは俺にも誰にも組まれていなくて、体感でしかわからない
にもかかわらず目のまえにぶらさがった文字列だの画像だのに意識をもっていかれているわけで、それってわからなさに拍車がかかった状態なんだよね
結果気づいた時にはすさまじいほどの気力を奪われている
こうした日々の積みかさねが重度の虚脱状態を生みます
俺もなりました
辞めた理由の一つだよね、いちばんでかいかもしれん
なのでいまそういう状態でかつ人生を棒にふりたくない人は距離を置いた方がいいかもしれません
というかきっぱりと辞めてしまったほうがいいかもしれません
どうしてもSNSがやりたい所属したいという人は自分の性質をかえりみた上で合うサービスを選択すべきじゃないでしょうか、あと明確な目的を持つとか
でないとまいるねこ


ほんと、いくらやっても満足なんてできないんですよね
Tweetのむこう側には人間がいて、それぞれの人生があるのだけれど、抱えるものも背負うものもいろいろと、そうしたもののはっきりと見えるわけでもないままにどうとでも消費できてしまえて、ゆきすぎてゆけてしまえる状況というものがあって、秒で、次、次、次、と際限なく指をはしらせることができちゃって、はしらせちゃって、どこまでも容易く、それでいて確実にいろんなもんを剥ぎとられていってるの、マジでな、持ってかれてるの、最悪じゃないですか?
最悪ですよ
そんなことのために生きてるんですか?
なんて考えたくもねえって
そんなことのためにいまここにいるんですか?
そんなことをするためにこれまで生きてきたんですか?
とかって
もっと大事なことあるんじゃない?
とか、地獄か?
そんな問い自分自身に発したいのかっていう
そんなわけないよねっていう


自分自身が選択した無駄なのかってことを考えるわけよ、自分で選んだ無駄のために時間とか脳とかすりへらしてんですかってことを、選んで時間を使っているつもりで誰かに時間を使われてないかですかってことを考えたわけ
うまい飯食ってぐっすり寝る以上の価値があるのかってさ
だから俺はもうそこにはいませんね
俺がいるのはここ
快適です
人によっては一方通行のさびしさってものを感じるかもしれないんだけれども、それは自ら出かけていってさ、交流をはかることで解消できたりするわけですし
戻る理由がひとつも無いんだよね
ほんとうにね、どこでなにをするかってことはしっかり考えてゆきたいね

というわけでゆきひらさぎりでした

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