【2021年】今月の単語と私的用例【6月】

かん がい【感慨】
 心に深く感じること。しみじみと思うこと。「──を覚える」「──にひたる」

『スーパー大辞林3.0』

心の感じかたに深浅の境界線なんてものはおそらく無いのだけれどもわからないことはないというか、たとえば突発的な事象や不意にかけられた言葉なんてものに揺れる、抉られるようなこともあればそれこそひたるふうにじんわりとそうなる、なってゆくこともあるもので、うんまああるよな無いけどという感覚でいる



しみじみは沁沁と書いて心に深くしみいるさま、という意味だし、心静かに落ち着いてするさま、という意味もあり、用例としてはしみじみ語り合うとかいつかしみじみと伺いませうなどというものが並ぶのだけれどもなんとなく響きの馴染まないで日常まったくといってよいほど使わない、俺は、感慨もほぼ出ないがまだ浮かぶことのあるようには思う

よるるの感慨かんがいひとつもさめきらないまましずみこんだ律動りつどうえがいて


ほ ご【反故・反古】〔古くは「ほうぐ」「ほうご」「ほぐ」「ほんぐ」「ほんご」とも〕
①書画などをかきそこなったりして、いらなくなった紙。ほごがみ。「─籠」
②不要なもの。役立たないもの。
③無効。取り消し。破棄。

『スーパー大辞林3.0』

いや読みかた多いな、それはそれとして反故にも不要な書類の裏であるとか古いちらしの裏だとかいったものとおなじように使いみちはありそうで、紙が貴重であったころなどは特に、なにかしらの役にたっていたのかもしれない



わたしは一時期コピー用紙に書きものをしていたのだが両面すべてを埋め尽くすまで書きこむわりには滅多に読みかえさないで結局捨てていた、のでおそらく厳密には反故とは呼べないのだが、またちがったいらなさを宿していたやもしれない



反故にする、は言葉としては知っていて、ただ人が使うところを見たことはない、はず、俺も使わないが使う機会が無いから使わないだけであれば使うだろう
意味は、無駄にする、とか、不用なものとして捨てる、とか、約束や決まりなどを取り消したり破ったりする、とか、無効にする、破棄する、とか
捨てる意味でも使えるのがなんとなく意外だった

みぎはりあぐ花堵野はなとのすずしき反故ほごとや ささな水明すいめい


こと とき【異時】
 ほかの時。別の時。「よし、─は知らず、今宵こよいは詠め/枕草子九九

『スーパー大辞林3.0』

ことときという音が好きだと思うほとんど使ったことはないが、もちろん使おうと思えば使えるのだけれども恒常的にひらめき任せなので過らないかぎり用いられることはない



ちなみに「いじ」と読むこともできるが意味は変わらない、ただ異時性(heterochrony / ヘテロクロニー)と書くと「子孫の個体発生の成長段階が祖先に比べて遅滞あるいは逆に促進すること。種の成長のリズムが一定でないことを特徴とする進化の様式」とコトバンクにあるよう進化にまつわる用語となるっぽい

いばら御手みて燈胡とうみお白羽しらはつづらふ 異時ことときとせに


とろ・む【瀞む】
 水面などが、波立たないで油を浮かせたように静まった状態になる。「海面が─・む」

『スーパー大辞林3.0』

瀞むという語のねむりに結びつく感覚があってとろとろと、とかそういった表現のためなのだろうが語感というか音もそう、しずかなのがよい、しずかなことばは扱いがむずかしく、ならべてたしかにしずかな時間がつくりだせるというものでもない、感じ、、を信じてかたちにするしかないのかもしれない

とろむふうにづくよるのさりかたをった、かたに、落日らくじつねいみたくいてはゆらいだふざけあってぼくらどこまでからっぽで、ひがぎきくずれの定量ていりょうを、あいとはれないあいかもしれない不確ふたしかのこう無涯むがいのそれだけたどっていてはおぼえたくてわすれたくて遠景えんけいばかりになぞらえて、わすれて、のとらえるわたしでいたいとおぼえてたかったいつまでだってそうだった、あたし? あいみたいにれないでえない、あいみたいにふれないでしれない、あいみたく、といて、あいみたく、くれて、あいみたい、そらごと。


はな おもい【花想い】
 花によって想起されるものの総称。または行為、意識の遷移そのもの。

引用元無し

花に呼ばるるもののすくなからず感ぜられる身である、委細様態は銘銘に依って固有のものであり判ずる道理も無いわけだが大まかにであれあらわすに相応しい言葉があってよいのではないか、知らんけど

肆季しきかくさられば花想はなおもはなぞ沝音みのと瓊譜にふ遠月とつき


六出 りくしゅつ
 雪の結晶が六角形をしているところから雪を六弁の花に見立てた語。「六辺香ろくへんこう」ともいう。倉嶋厚が、紀元前一五〇年ごろの中国の文献に雪の花は「六出」と記されていると書いている。唐詩の高駢こうべん「対雪」では、雪が吹き込んでくるのを「六出の飛花戸に入らんとする時 そぞろに看ゆ青竹の瓊枝けいしに変ずるを」と詠じており、日本でも古くから雪は〈六つの花〉と呼ばれてきたから、雪の結晶が六角形であることは、ずいぶん昔から知られていたらしい、と(『お天気博士の四季だより』)。「瓊枝」は美しい枝。

宇田川眞人編著『雪月花のことば辞典』p.156

六花は方方見かける語だが、六出ははじめて。字面の問題でそうなのだろうか。どうせ書くなら花の含まれるのがよいとかそういった事情であるとするなら少しく不憫である。

しの水穂みのほとり碧礫へきれき月下げつか六出りくしゅつ

コメント

  1. […] […]

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